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ドイツ歌曲の話 詩人の恋 Dichterliebe #20 目を覚ましたくない

15.
Aus alten Märchen winkt es
Hervor mit weißer Hand,
Da singt es und da klingt es
Von einem Zauberland. 

昔のおとぎ話から
白い手が招く
魔法の国の歌と音楽が
流れてくる

Wo bunte Blumen blühen,
Im goldnen Abendlicht,
Und lieblich duftend glühen
Mit bräutlichem Gesicht;

そこでは色とりどりの花々が
黄金の夕陽の光の中で咲き
花嫁みたいな顔をして
いい香りを撒き散らしている

Und grüne Bäume singen
Uralte Melodein,
Die Lüfte heimlich klingen,
Und Vögel schmettern drein;

緑の木立は
大昔の歌を歌い
そよ風はひそやかな音を立てて 
鳥は高らかにさえずる

Und Nebelbilder steigen
Wohl aus der Erd' hervor,
Und tanzen luft'gen Reigen
Im wunderlichen Chor; 

霧は地面から立ちのぼり
不思議なコーラスに合わせて
ふわふわと輪になって踊っている

Und blaue Funken brennen
An jedem Blatt und Reis,
Und rote Lichter rennen
Im irren,wirren Kreis;

青い火花が
木の葉と枝で燃え
赤い光は
狂ったように輪を描く

Und laute Quellen brechen
Aus wildem Marmorstein,
Und seltsam in den Bächen
Strahlt fort der Widerschein. 

天然の大理石から
泉が大きな音を立てて噴き出し
川にキラキラと
光が反射する

Ach,könnt' ich dorthin kommen
Und dort mein Herz erfreuen
Und aller Qual entnommen
Und frei und selig sein!

ああ、そこに行けたなら
楽しくて
苦しみもなく
自由で幸せだ

Ach! jenes Land der Wonne,
Das seh' ich oft im Traum;
Doch kommt die Morgensonne,
Zerfließt's wie eitel Schaum.

ああ!僕はその喜びの国を
夢によく見るんだ
でも朝日がのぼれば
泡となって消えてしまう

前の曲の下属調のホ長調。明るい調です。
八分の六拍子。Lebendig (生き生きと)

詩といい、調の変遷といい、狂っとる(笑)
昔、ドイツ語の先生(ドイツ人)がおっしゃってたことを思い出します。好奇心でマリファナを吸ってみた時の話です。青や赤の光がチカチカしただの、ぐるぐる回っただの、ちょうどこの詩のような感じ。
だから、これは夢なのか、ヤク中なのか、と思ってしまいます。いずれにせよ普通ではない詩には、普通ではない曲が似合いますね。

白い手が招く

私、この白い手というのがどうにも引っかかってしまって。なんだろう、この白い手。乙女の美しい白い手だろうか、それとも、と考えていたのですが、最終的に「イメージ・シンボル辞典」などを調べて、「死者の手」かな、と(自分の中では)結論づけました。
この、13,14,15は「夢三部作」と言えると思いますが、13では「墓」、14では糸杉。ならばこの15番目で「死者の手」が出てくると死を連想させる言葉でつながるなと。

終曲で、詩人は自殺した、という人がいるのもそういうところからでしょう。たしかに夢の中では死に取り憑かれています。

二連から、六連まではピリオドで詩を終わらせることなく、ひたすらその「魔法の国」の様子を息もつかずに描写しています。
und (英語のand)の多さよ。
そしてなんとかだ、そしてなんとかだ、と、ひたすら繋げる。

大騒ぎの音楽のあと、突然

mit innigster Empfindung
シューマンの楽譜にはよく速度表示ではない指定が出てきます。
特に”innig”(心からの、切なる、親密な、愛情のこもった)
ここではその最上級、innigsterを使って「心の底からの感情をもって」と言えばいいでしょうか。

ああ、そこに行けたなら
楽しくて
苦しみもなく
自由で幸せだ

これまで、引き裂かれたり(8曲目)真っ二つになったり(11曲目)した詩人の心はこの夢の中で救われるのです。

ああ!僕はその喜びの国を
夢によく見るんだ

ここからのピアノは讃美歌というか、国歌のようなたたずまい。オルガンの音が聞こえてきそう。でもその国は結局は詩人の心が生み出したもの。

そしてそれは夢だから….
朝が来れば泡となって消えてしまう。

後奏は二度寝でも試みたか、一瞬あの景色がよみがえって….でもやはり目が覚めて諦観の世界へ。そして終曲へ。




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