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ドイツ歌曲の話 詩人の恋 Dichterliebe #4 美しい五月に始まった恋


1.

Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Knospen sprangen,
Da ist in meinem Herzen
Die Liebe aufgegangen.

美しい五月に
つぼみがほころぶ
僕の心に
恋が芽生える

Im wunderschönen Monat Mai,
Als alle Vögel sangen,
Da hab ich ihr gestanden
Mein Sehnen und Verlangen.  

美しい五月に
鳥たちが歌う
僕は彼女に
思いを告げる

この歌曲集の中で一番有名な曲かもしれません。

でもこの曲だけを単独で演奏することはまずありません。なぜなら...不安定すぎるから。

詩は、春につぼみが開くように詩人の心に恋が芽生え、鳥が歌うように彼女に告白する、という二連からなる詩。

シャープ三つの調。(私が歌うときは中声用、シャープひとつの調です。)シャープ三つだからイ長調か、嬰ヘ短調か。とりあえずそれは間違いない。

Langsam, zart
ゆっくりと、繊細に

ピアノ、右手はアウフタクト、倚音から始まる。しかもその倚音は長い。解決するのは次の小節の二拍め。グリーンでしるしした音。

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倚音いうのは字の通り、よりかかる音。
倚りかからなければ立っていられない、不安定な音なのです。その音を、また不安定なアウフタクトから始めるのだから、この曲、いや、この歌曲集の特殊さがお分かりいただけるのでは。対照的に「女の愛と生涯」は主和音で一拍めから始まる揺らぎのなさを思えば。

そして、曲が始まって実に六小節めの一拍めでやっとイ長調に落ち着く。でもそれは一瞬のことで、掴めたと思ったらするする、ぬるぬるとすり抜けてまた次の調へとと移り変わる。まるで鰻のようだ。

それでもイ長調に一瞬落ち着くのだから、私はこの曲はイ長調だと長らく思っていた。ところが嬰ヘ短調とものの本には書いてあるではありませんか。

嬰ヘ短調なんてこの曲のどこにも出てこない。最後は「嬰ヘ短調に解決してもいいかな?という和音」で終わる。

まるで鰻のよう、と書いたが、実はそれは鱧(ハモ)だった、みたいな曲なのです。どちらも美味。


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