ボタンをめぐる小(子)話
17時に仕事が終わり、まずは保育園にK(妹)を迎えに行く。その後、幼稚園バスで駐車場に着いたM(兄)と、コミュニティバスに乗って3人で帰る。
それだけの、たった1時間ほどの行程が、仕事が終わりヘトヘトの体と心に、最後のダメ押しのようにダメージを与える。
今Kは、バスの降車ボタンをどうしても押さねばならぬという恐ろしい欲求に取り憑かれているのだ。
乗車してすぐにボタンを押すことができなければ、この世の終わりかと思うほどの阿鼻叫喚が車内に響き渡る。
この日も、凄まじい欲求に取り憑かれたKは、ボタンを押させろ!という脳内司令に操られ、もう本人も何が何やらかわからない状態で泣き叫んでいる。
暴れるKをなだめすかし、ようやく降車するバス停に近づいた時、さあ今だ!押すんだ!とKを抱き抱え、念願だった瞬間を自ら叶えられるよう、ボタンを押すのを促す。しかし、ボタンに届かないKは、短い腕を伸ばしてもなかなか押すことができず、もたついてしまう。
…すると、隣に大人しく座っていたMが腕を伸ばし、すんなりとボタンを押してしまった!
なんという事をてくれたのだ。Mよ…。
Kがあれほど押したかったボタンを、Mが押してしまった。
その後の反応は火を見るよりも明らかだ。まさに火がついたかのように、Mはさらに泣き叫んだ。
これは長引きそうだ。絶望しかけたその時、思いもよらぬ事が起きた。
「あれ?ランプが消えちゃったなあ。もう一回押してくれないかなあ。」
救世主が現れた。この小さな街の片隅に、温かい火が灯された。
コミュニティバスの運転手さん、なんて優しくて洒落た事をしてくれるの!ここはテーマパークのアトラクションですか?!
コミュニティバスのナイスクルーの心意気で、Kは思う存分、ボタンを押す感触を味わうのだった。その顔には今までの号泣が嘘のように満足気で晴れやかな表情が浮かんでいた。
欲求が満たされたKの後ろ姿は、ひと仕事終えた職人のようだった。
コミュニティバスのナイスクルーこと、運転手様。ありがとうございます。これからもお世話になります。どうか、あなたにいい事がありますように。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?