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山口智美他「海を渡る『慰安婦』問題:右派の『歴史戦』を問う」

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もうあまりに「今更ながら」なんだが、例のラムザイヤー「論文」問題が湧き上がってきたことを機に、改めて自分自身のおさらい&整理のためにこれを読んでみた。

2016年に出版された4名による共著。5年前の著作だがその頃から実情はそう変わっていない。哲学・歴史研究者の能川元一氏以外は全て女性で、山口智美氏は文化人類学&フェミニズム研究を専門とするモンタナ州立大学准教授、小山エミ氏はフェミニズムやLGBTQ関連など幅広く研究・活動しており、この二人は米国在住歴も長い。テッサ・モーリス=スズキ氏はオーストラリアの歴史学者で、「北朝鮮へのエクソダス」で在日コリアンの北朝鮮「帰国事業」を取り上げるなど、朝鮮半島と日本の関係に造詣が深い研究者。

まず、能川氏は1997年がひとつの「転機」だったとする。ちなみに従軍慰安婦募集への日本軍関与と日本の責任を認めた「河野談話」が1993年、アジア女性基金立ち上げが95年である。それが97年あたりから雑誌「正論」「諸君!」や産経新聞などで歴史的事実を否定・歪曲する記事・論考などが頻繁に掲載されるようになり、そうした動きはやがて「歴史戦」という名の元に右派論壇の中で大きく拡がっていく(この「歴史戦」という用語は今年の自民党運動方針案にも出てくるのだ)。そして、そうした記事などで最も頻繁に登場する自民党総裁経験者が安倍晋三である。まさに第1次&第2次安倍政権の元で、政権・官僚たちと右派論壇が一体となって河野談話やアジア女性基金などの成果を「検証という名目で否定」していく流れ。それは圧倒的な物量作戦でなされ、今やリアル出版物でもネット社会でも「歴史捏造主義による歪曲された歴史像・歴史観」が「悪貨が良貨を駆逐する」かのごとく垂れ流され、多くの日本人が大なり小なりその影響を受けている。

私はこれを読みながら、こうした歴史捏造主義たちの中に「日本は悪くないのに韓国や中国によって悪者にされている」という被害者意識が非常に強いことに、改めて納得するところがあった。彼らの「被害者意識」は、米国の所謂ラストベルトで没落した「かつては権勢を誇っていた白人層」がトランプやその周辺に渦巻くフェイクニュースを熱烈に支持しそれにすがってきた様相と重なるところがある。だから、これだけ歴史捏造主義が蔓延したこの国で「トランプ支持者」が非常に多かった(今も多い?)のは当然の帰結と言えるのだ。

次に山口氏や小山氏は米国での近年の日本政府や右派論陣の「歴史戦」の様相を詳細に紹介するが、彼らは「歴史戦の主戦場」を米国と定め、米国での慰安婦「少女像」建立を巡って「日本人児童へのイジメ問題」を無理やり持ち出したり、米国の諸機関や研究者などに右派の著書を送りつけたり(猪口邦子・自民党参院議員なども加担している)しているが、それらは総じて「不発・不評・無反応」という結果に終わるだけで、彼らの運動は米国のまともな識者たちの冷笑と呆れみの対象でしかないというのが事実。彼ら日本の右派(端的に歴史捏造主義者たち)は日本では「歴史戦に勝利した」つもりらしいが、それはガラパゴス的状況の中で自己満足を得ているだけで、世界的には実質一向に相手にされていないのだ。それが分かっているからこそ、米国や国連組織などでの「日本は悪くなかった」アピールを執拗に続けているんだろうが。最近のラムザイヤーという研究者?による「慰安婦性奴隷否定論文」問題は、こうした日本の政府・財界・右派論壇が一体となった「米国社会への浸透努力」のたまもの?なんだろう。

「従軍慰安婦問題」・・・歴史的事実としては、90年代以降多くの歴史学・社会学研究者やジャーナリストらの丹念な調査研究によって以下のような概要が明らかになっている~「従軍慰安婦制度とは、軍がそれを設計・管理し、業者を選定・許認可し、慰安所を設置し、規則や料金などを定め、渡航に必要な文書を発行し、女性たちを移送したり性病検査を行い、その他さまざまな便宜を図ってきた。そして慰安婦とされた女性の多くは10代後半から20代で、その出身は日本・朝鮮・台湾・西欧(特にオランダ)・インドネシア・ニューギニアなど広範に及んだ。そして募集においては多くの甘言・詐欺・脅迫などの手法が取られ、一部では強制的に連行された事例もあった」

今日的観点から見て、そうした「自己の意思に反して自由を奪われた状態で性的奉仕を強要される状態」を"Sex Slave(性奴隷)”と呼ぶのは、国際的にも定着しているのだが、日本の右派論陣と日本政府は頑なにこの表現を拒む。どれだけ自分たちの国がかつて犯した罪から目を背け続ける気だろう。そうした態度・姿勢を持つものに未来はないんだが。

私はこの共著を読んで、従軍慰安婦問題へのバックラッシュ(反動)とフェミニズムや性差別問題などへのバックラッシュが、2000年代以降、軌を一にして進行してきたことを再認識したし、それはまさにこの問題が「人権問題であり女性問題そのもの」であることの証左であることがよく分かった。

日本の歴史捏造主義者がいくらあがこうと、この問題は世界的には学術研究の成果が広く共有されており、その「歴史戦」に勝ち目はない。大日本帝国が最後には無条件降伏したように、やがては敗れる。ラムザイヤーの「論文」問題は、まさにその終焉に向けての「最後のあがき・断末魔の叫び」なのかも知れない。




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