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200回連続note達成🙌


今日で200回連続note達成になるのだけれども、200回連続のnoteを投稿するに当たって、この投稿の2日前に凄く挑戦というか、とてもいい機会があった。

それは、2年半勤めた職場で初めて、勤務中に体調不良になってしまったのだ。そして、ある事を続ける事を辞める事にした。

通常僕は銭湯のフロント業務のアルバイトを週に日曜と月曜の2日間勤務しているのだけれども、その日は、土曜に休んでいた人がいたので、変わってあげたのだった。

そしたら、勤務中に、急に目の焦点が合わなくなってきてしまった。

こういうのは、メガネをつけているとたまに起きる現象で、特に疲れている時に起きやすくなる。

あー今日はそういう日なのか。と半分文字が見えない様な状態で勤務していた。

そういうのは、あまり自分はそういう時に表に出さない様にしている。

ただそういうのを周りに伝えてもめちゃくちゃ心配するだけだからだ。

そんな周りを不安にさせる様な事はできないと思っていたので、あまりこの事は話さない様にしていた。というか喋る必要ないと思っていた。

何故なら、この焦点が合わない時を過ぎれば焦点が元に戻ってなんとかなるからだ。

そういえば、1日で1番大変だったこの時もその症状になっていた。そしてしばらくして治っていた。

まぁ、そんな事が今まででも4回くらいあった。

そして全てなんとかなっていた。自分があまり目が見えなくても周りから見たら普通にこなせてしまうからだ。

なので、周りがどんなに大変であろうが、自分が状況に応じて率先して動き、状態が悪くなろうと平然と何も無かったかの様に過ごしていた。

だけども今回は、違っていた。業務自体は全くもって、大変な事は無かった。いや、寧ろ暇だったと思う。

体調管理もしようと勤務してる裏でガブガブ麦茶を飲んでいたし、ちょっとオヤツかじって小腹を増やして食べたりしていたくらいだったからだ。

後暇なので業務中に色々暇つぶしをしていたりもしてたくらいだったのだ。

なのに何が体調良くなかったのか振り返っていたら最近は毎日ずっとこうやって日記を毎日5、6時間くらいはかけて書いているからだ。(そして書いた後に見直すのも時間かかる)

今日も日記が書きたくてしかたがなくて、その日にあった事をめちゃくちゃ書きたくて夜2時に寝ていてもたってもいられなくて4時に起きて2時間くらいしか寝てないくらいだ。仕事もあり終わった後にもすぐさま書いている。(ただ書きまとめたい衝動があるだけ)


という感じで、時には、1日で14000文字くらいを書ききり、大体早くても、1000文字で1時間弱かかると思う。なのでハマり出すと10時間やりだしてしまう事も。

そんな日々を続けているにも関わらず、自己理解プログラムというものによって更に、書きたいものが増えていく。

その日も出勤ギリギリまで日記を書いていた。今日もこの日記以外に2000字は書いている日記も既に書いているが、まだ終わらないくらいだ。(他にも中途半端な日記多数ある)

という様な感じで最近、日記を書いたり、思考をまとめたりする事で、いつの間にか疲労が凄く貯まっていたみたいだったのだ。

それを更に、毎日自己理解プログラムの体験記を書かないといけないと思い込んでいた気がする。

しかし、自律神経失調症になっていて、身体感覚が鈍くなっていたり、好きな事に夢中になりすぎていると、そういうのが全く分からなくなる。

なので、気持ちは、凄く前向きなのだ。ただ体がついてこない。

あ〜こんな体験は、久しぶりになったなと思っていた。

十年前とかゲームしたり、ゴルフしたりする時にそういう感覚になるのだが、今はどちらも結構飽きていたのだから。

体がついてこれないほどやるなんて事は、最近はほとんど無かった。

なので、そういう感覚をずっと忘れていた気がする。

結論から言うと、その焦点の合わなくなった症状を過ぎた後に、症状は治ったのだけれども、その後20分くらい後にめちゃくちゃ吐き気と目眩がしたのだった。

もうこれは、業務どころじゃないと思い、フロントの相方に言って、ちょっと気持ち悪いから、事務所に行ってくると言って、フロントを抜け出して事務所に駆け込む。

なんか、事務所で僕の顔を見た社員はと、食堂の準社員の女の子がいて、僕の顔を見て凄く青かったのでシュレックみたい言っていた。(今日食堂でも、「今日はシュレックじゃないですか?」と言われてしまった😂)

 その後にトイレに籠もっていたが、何も吐き出せずにいた。

そして、出てくると、社員の方とクリーンさんという掃除の方がブランケットと、氷枕とスポーツドリンクを差し出してくれた。

 そして、ちょっと横になっていたら、氷枕が、凄く気持ち良くて、しばらくすると、大分良くなっていたので安心した。(多分知恵熱かなと思うが、みんなには軽い熱中症という事にした。)

そして、通り過ぎるクリーンさんがお菓子を差し出してくれて、僕の寝ている上のブランケットの上には、お供えものの様に、いっぱいのお菓子が置かれていた。😂

そして、僕の代わりに社員の人が2時間半も入っていて、副店長も休んでていいよと言ってくれていた。

その中で僕は、本当に有り難いなと思っていた。週2回しか入れない分、みんなに迷惑かけないように、みんなの助けになる様に入る限りは精一杯頑張らないといけないと思っていたから。

それを体調不良で休んでいて、叱られないどころか、みんなに温かく心配して貰えて自分は幸せものだなぁと思っていた。

そしてその夜に、本当は自己理解プログラムのコーチングの記事を書きたかったけども、頭になかなか文字すら浮かばない状態だったので、記事を書くのはやめにした。だけども、みんなから貰った温かい気持ちを残したくて、抽象画だけを描いたのだ。

暖かさ。真ん中の濃い赤は自分自身

そして、ずーっとそれまで198日間続けていた事があった。それは、毎日1000文字の文章か、1時間かけた絵を描くという事だった。

途中で、その制約を解いたのだが、解いた後も、その制約をやめるのが恐くて毎日1000文字以上の文章を書いていたのだった。

それどころか、最近自己理解プログラムにハマり出して、1000文字どころか3000文字くらい書いてる文章を載せていた。

そして、体調不良になってしまったので、もう書けないなと決心した。

この文章を書かない。その代わりの絵も大体10分くらいでササッと終わらせたのだ。

ある程度の量をやる事を続けている自分に取って、規格を取り払って続けるというのは、自分自身の崩壊を意味するものである。

 自分は常々思っていた。沢山の事を毎日やってる人よりも、ほんの少しで続ける人の方がが凄いなと。(あくまで自分の中の話です。)

それは、沢山やると言う事でしか満足が得られなくて、続けられないんじゃないかと、頑張るという中毒になっていたからです。

このnoteを始めたのも、いきなり1000文字以上から始まった。それは、1日でも、惰性で描いた文章が許せないからだった。

例えば、「今日は疲れた。」

というだけの日があっても良かったかもしれない。(実際、プログラムでは一度あったが、他で日記を2600文字書いていた。これも結構な挑戦だった。)

辞めたり、たった少しの文章で自分が妥協して続かなくなるのが、怖かったのだ。

実際に、一度1000文字で100日ほど日記か1時間の絵を書いた後に凄く苦しくなって辞めてしまった。

そしたら3ヶ月程なんにもしなくなってしまったのだ。極端から極端に移るとロクな事はないのだとこの時に学んだ。

だけども、経験は強みになるいいものばかりでなく、トラウマになる事もあるのだ。

そのトラウマを、プログラムという勢いに乗ってるいい機会とともに、当日体調不良になって仕事を休むといういい機会になり、noteも簡単な抽象画だけで満足した上で続けるというのが出来てとても嬉しかった。

そのプログラムによって続けれた事と、何より、前からこのnoteをよくイイネしてくれてる方達に感謝したい。

規格や頑張りを辞めた事で、この夏に楽しむ気持ちの輪やギアの花火が打ち上がった。
この輪やギアが今後も回ってきますようにと願うばかりだ。



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