不毛

不毛会議 #66

「あいたたたたたた」

チョーさんが韓国から来日。
人生の岐路とも言える退社の話をしに来た。

「辞めるか否か」

そんな大事な話を韓国居酒屋でする事になる。
10年以上タッグを組み。
同じスタッフとして歩んできたこの会社。
残るのかこれを去るのか。
そこでアズナブルは漢(おとこ)を見せた。

「俺が金を出すから続けりゃいいじゃん」

お前はお前の勝負をしてみろ。
そういうメッセージ。
もう一つ会社を作るから、まだまだ一緒にやろうぜという事だ。

親分肌のリーダー像だ。
この時は何だかんだと言いながらも期待した。

異変が起こったのはその直後。
居酒屋のテーブルには韓国焼酎を飲むセット。
チョーさんはショットグラスを手に取ると、おもむろに歯で噛み砕いた。

いいか。
よく聴け。
彼は「グラスを歯で噛み砕いた」んだ。
念の為に補足するがチョーさんは人間な。

そして鋭利に尖ったグラスの渓谷の凌部を
自分の腕に突き立て引き裂く。
腕からは仁義を通す決意を帯びた鮮血が垂れる。

チョーさんは割れていないショットグラスに腕を伝う真紅の血潮を点滴のように打ち入れた。
そして、その上から注意深く焼酎を垂らして

「私は裏切りません。この盃を受けて下さい」

とアズナブルを真正面から見据え発した。
契りの盃。
あなたに一生付いていきます。
この血を尽くし。
と言う決意が少し乱暴に表明されたわけだ。
一切が流れるように展開された事から
事前に覚悟を決めてきた事が見てとれる。
天晴れな所作だった。

それを受けて。
ふと横を見ると
ドングリみたいなまん丸な目を開けぱちくりとビックリしているアズナブル(と、俺も)

頭の中では
目の前の出来事が"狂気"ではなく"漢気"なんだと自分を説得させるのに必死だ。
それで咄嗟にしたアズナブルの行動がこれ。

自分の子指を少し噛んで

「あいたたたたた。あんまり血は出ないな。アハハ」

とチョーさんの目は見ないように小声で言いながら、盃を交換。

ダンゴムシを噛んだような酷い顔で盃をうっすら舐めていた。

『おやぶーん!もっとがんばってー!』
心の中で俺は叫んだ。

"涙とともにパンをかじった者でなければ、人生の本当の味はわからない"

とはゲーテの言葉だが

"苦笑いとともに子指の先をかじった者"は、なんの味がわかるんだろう?

まぁ「チョーさんの血の味のついた焼酎の味」だったろうな。

つづく


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