ひまわりのよぶこえ
向日葵が嫌い、そう言うと必ずどうして?と聞かれる。
ずっと笑っている不気味な感じが苦手なのだ。全員で同じ方角をむいているところも。
それに、向日葵は人を攫う。
私には裕翔という2歳下の弟がいた。
抜けていて、すぐ宿題のプリントをなくして母から怒られていたけれど、いつもにこにこ愛想が良い子だった。
ある日、家族旅行で向日葵畑に行った時だった。
「あっちに行こうよ!」
そう笑いながら駆けて行ったあの子は、そのまま行方不明になった。
それからなぜか弟の事を覚えているのは私だけだった。
弟の部屋を、存在を始めから無かったかのように振る舞い、誰も入らない部屋には埃が溜まっていく。
痺れを切らして、両親に「裕翔のことだよ!?覚えてないの!?」と叫ぶと、一瞬両親は真顔になり、こちらを見つめた後、眉を顰めた。
あれは、頭のおかしい人間を見る目だった。
それ以来、私は裕翔の事を口にしなくなった。
そして、大学生になると同時にすぐ家を出たのだった。
「だから、向日葵に大事な人が取られるみたいで怖いの」
こんなことを言ったのは酔ったせいだったかもしれない。
ちょっといい男だと思った。面白くもない合コンに誘われて、ちょっと顔がいい男に、この後バーに行かない?と誘われて、それで、口が滑ったんだ。
「じゃあ、俺が怖くなくしてあげるね」
そんなことを言っていたような気がしたが、たかが酒の場所での軟派な話題だ、と流した。
それが失敗だった。
そんなセリフも忘れたある夏の日、その彼に、遊びに行こうよ、と誘われて、いいよ、と言ったはいいものの、赤いオープンカーで来た彼は、私を向日葵畑へと連れて行った。
前髪が風で崩れた、と思いながら、窓から向日葵畑が見えた瞬間に、思わずヒッ、と悲鳴が漏れた。
「何考えてるの!? 私、向日葵畑は嫌って言ったよね!?」
「大丈夫だって、俺は向日葵畑に攫われたりなんてしないよ」
「そういう問題じゃないんだってば……!」
嫌だ、嫌だ、向日葵が全てこちらを向いている気がする。
目をつけられている気がする。
こんな男と遊びに来るんじゃなかった。
向日葵畑に着いた車から勢いよく降りて、できるだけ怖がる姿を見せないようにする。
後ろから「あれ?笑 拗ねちゃった?」という言葉が聞こえるが、無視してどんどん先へ進む。
もう泣きそうな気持ちだった。
無理やり向日葵畑に連れてこられるし、前髪は崩れるし、何よりそんな男に引っかかった私にイライラする。
奥に進むと品種が違うのか、向日葵は段々と私の事を覆いかぶさるように、強い陽の光から覆いかぶさるような高さになっていく。
ふ、と後ろを振り返ると道はそこには無かった。
目が合うのは向日葵だけ。
あれ、この畑ってこんなに広かったっけ。
車から見えた時はそんなに大きいようには見えなかった。
でも、向日葵はイライラしていた私を慰めるように優しい気がする。
そういえば、あの男の方がもっとひどい奴だった。あんなに自己中で、私の事を振り回して。
父と母もそうだ。父は暴力ばかりふるって、喧嘩ばかりで弟がいつも怯えていた。
向日葵は弟を守ってくれたんじゃないか?
そんなことを思い浮かべると、向日葵と目が合う。
今まで逆方向を向いていたはずなのに。
向日葵が笑う。
そうか。私が、これから向日葵になるのだ。
弟は向日葵になったのだ。
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