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流れる雲の音——KulfiQ『ルーゲルダ』

もともと、人間の歌う歌が苦手でボーカロイドを好きになった。

苦手な理由はいつかきちんと言語化したいなとは思っているのだけど、とりあえずひとつに「知らないひとの感情がやたら近く迫ってくるから」というのがある。

イヤホンから聞こえる声は随分と近くて、急にそんな泣きそうな声で恋歌を歌われたりするとびっくりしてしまう。

音の並びも言葉も、それだけでとても強くて、感情を込めて盛り上がらなくたって、声を震わせて訴えなくたって、素直に華麗に舞って、わたしを穏やかにほぐす。

*

KulfiQさんの曲が、そのことを教えてくれる。

『ルーゲルダ』は、「君」が遠くへ行ってしまったことをただひたすらに歌い、それは決して何か解決をみることはない。

曲中、ドラムが一定のテンポで背中を押す。高音域でピコピコ鳴る音が、気持ちが折れないよう支える。大きな跳躍をせず、きちんと狙って3つ上や5つ上の音へ自由に丁寧に移る。サビだからって力んだりしない。はっきり言葉が伝わるけれど吐息がかったミクappendの声。

そのおかげで、自然に、流れるように、音が言葉を伴って私に届く

イントロの冒頭8小節、モノクロの映像をバックに、ドラム以外1小節とか2小節単位の長い音で上手く力を抜いた後、最後の2拍の3音を全員で決める。それと同時に映像に色が付く——青と黄色だけ。

それでこの世界の色は必要十分だった。とさえ思えるぐらい、パッと付いたその色は綺麗だ。

そして45秒あるイントロを待ってやっと口を開いたミクは、不必要に音を揺らさず、でもベタ打ちではない、ちょうど息を吐くように歌い始める。その声は優しくて、決して無理をせず、安定した温度を持っている。

サビ前の以下部分、

きっと、愛をしているんだ
僕は愛が欲しいんだ
そこにルールはないんだ
言うならば僕の全てだ

そこだけ音が多くなるからなのだろうか、心なしか、今までよりさらに息が多くなり、内緒話のように囁いて聞こえる。

それがきっと、文面にするといささか感情的になりそうなこの歌詞にとって十分な声色で、少しだけぎゅっとなるけど自然に通り過ぎていく。

サビは、KulfiQさんの曲でよく登場する(と勝手に思っている)形のミソラという音で始まる。この、1音だけ(ここではファを)飛ばして登っていく音は、いつも感情を持ってくる。

寂しくなったよ、君がいない

ここのメロディなんて、「ミソラ ドレ」で2回繰り返されていて(ファとシがない)ちょっぴり苦しい。

そしてその後に続くのは、5回繰り返す「僕は。」
こんなの、歌ってって言われたら絶対だんだん大きくなってしまうか、何回目かで急いてしまうか、途中で泣きそうになってしまう。

だけど変わらず落ち着いた声で歌ってくれて、最後の音を伸ばして丁寧に上下することでそれを昇華させて、上手に収めてくれる。

それから2番のAメロ(と呼んでいいのかわからない、1番と全然違う、どちらかというとサビの音を使ったメロディ)も、最後のサビの後にやっぱり言いたくなって出てきてしまった別のメロディも、そこに当たり前のように溶け込んでいる。

そう、KulfiQさんの曲はよく、1番と2番でぜんぜんメロディが違ったり、急に新しいフレーズが出てきたりする。まるで言葉みたいに。

音の並びに言葉を添えるように歌い、自由に言葉を紡ぐようにメロディが流れていく。

それがぜんぶ青と黄色に溶けて、わたしは息を吸うのと同じぐらい楽に、それを受け入れることができる。

それはちょうど、青空に意外なほどいろいろなかたちで、でも違和感なくふわりと浮かび、風に流れていく雲みたいだ。

穏やかで、ふわふわと淡く靡く。吐息がかったその声のように。

動いていないようで、よく見れば確かに流れている。最初と最後を見ると驚くほど遠ざかっていたことに気付く、その動画のように。

足元ばっか、見てませんか

そう問いかける歌は、空ばっか見ている。

*

今でこそ、suisさんの歌い方を含めてヨルシカの楽曲が好きだし、好きな歌い手さんも見つけられた。

だけど、機械ゆえの一貫した音が、逆にこちらを引っ張ったり、安心させたり、人の声より染み込んでくることだってある。

気取らず、臆せず、よく晴れた空の下で寝っ転がってふと口から漏れるように。」

なんて音楽用語、あればいいのにな。


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