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【第13話】 音を立てて “再生” ボタンが押された、そんな気がした。

 マリンは自分の中で動き出した何かを感じながら、深く息を吸い込んだ。
頭の中では、キラーAの言葉がぐるぐると巡っていた。
 「どこかへ行きたいって、なんで思うのか。どうして今の場所じゃダメなのか。新しい場所に行けば、きっと見たことない自分に会えるって思ってるからじゃないかな」
 そうだ、ずっと思っていた。どこか知らない遠くへ行きたいと。
 それは見たことない自分に、新しい自分に会いたいっていう気持ちだったんだ。
 「つまり、変わりたいってこと……。アキも一緒だったんだね」
 その時にはもう、足はステージに向かっていた。
 一段、 二段と上がり、ステージに立つ。360度ぎっしり集まっている客席を見渡した。
 たくさんの人が見ているけれど、不思議と緊張はしてなかった。
 アキが回ってきたマイクを一本、マリンに向ける。受け取ろうと手を伸ばした時、アキの手が少し震えている気がした。見上げると、アキもどこか興奮した微笑みを浮かべている。 
 頷くと、二人は少しずつ声を出した。

 初めは微かだった息が、少しずつ声に変わっていく。
 それはだんだん強くなって、いつの間にか大きな叫びになっていった。
 全身で声を吐き出しているうちに、マリンの中に一つの感情が湧き上がってくる。
 「歌いたい――」そうか、ずっとこうしたかったんだ。
 カチッ。そう音を立てて “再生” ボタンが押された。そんな気がした。