【第9話】 音楽って魔法だ、一瞬で世界を変えてしまう
え、なんで?無視しなくてもよくない? 思い切って声をかけたこともあって引き下がれないのと、ここで彼に見放されたらますます居場所がなくなってしまう気がして、マリンはもう一度声をかけることにした。
「初めて来たんだけど、ここ不思議だよね。どうやって知ったの?」
しかし男子は、振り向いたもののまたしても返答なし。
「ちょっと!」彼に向けた言葉が2回連続で虚しく宙に浮き、さすがにそう言いそうになる。
だがその時、彼がメモに何かを書いてスッとマリンに差し出した。
「え、なに……?」マリンが近づいて読もうとすると、ちょうど二人の間を人が通りメモが落ちて人込みの中へと消えていってしまった。
「ごめんせっかく書いてくれたのに、読めなかった」そう言うと男子は頷き、そのまま会話は途絶えた。
きっとなにか話さない理由があるんだ。そう思ったのは、彼の視線がマリンを拒絶しているようには感じなかったから。
それに、頭一つ分以上マリンより背の高い彼は、人が集まってくる中でステージが見えやすいようにと、スペースを空けてくれた。居場所ができたようでホッとして、彼の作ってくれた空間に収まる。
その時、ステージにキラーAが上がり、大きな歓声が起こった。
「どんなバンドが出てくるんだろうね。こんなに人が集まってるから人気なのかな」
答えは期待せず、独り言のようにマリンが言うと、制服の男子がこっちを向き、両手をクロスさせて×を作った。「バツ?」どういう意味……?
歓声とともに音楽のボリュームが上がる。
一定のリズムを刻むベース音が足から響いて、マリンは宙に浮かんだ気がした。
音楽って魔法だ。一瞬で世界を変えてしまう。