川野義光@おっす社長
人生を振り返る③
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人生を振り返る③

川野義光@おっす社長

おっすおはようございます

前回の続きです。
ずんずん続きます。ポッキーでもどうぞ。

かなり心の深い部分までお話して文字起こししていただいていますので一部有料としています。悪意に晒されないための予防線としてご理解いただけましたら幸いですおっす


今回は全8章中5〜6章のお話です。

就職〜独立まで、お楽しみください〜!


⑤おっす就職します


就職先は、大学を卒業する前に選んだ。パチプロと結構迷ったが、6年間も大学に行って親にも迷惑をかけたので、薬剤師にはなろうと思った。マイナビ・リクナビなどの新卒就活サイトに登録して、調剤薬局を探して、あいうえお順で上から3つ目まで受けた。

アイン薬局、アイランド薬局、あけぼの薬局。当時はMR・薬局・病院の3択が主流だった。まずMRは、そもそも営業に対する自分のなかのイメージよくなくて、ペコペコして手揉みしている人のイメージで、嫌だなあ合わへんなあと思ってやめた。
病院か薬局かの選択になり、社会人になってもパチンコの収入軸は諦めたくないという思いで、適度にお金が稼げて適度に暇な時間のある調剤薬局を選んだ。
当時は何がしたいというのも見えておらず、業界研究もせずイメージだけで、消去法で適当に選んだ。にもかかわらず、受けた全ての会社から内定が出た。薬剤師が輩出されない年だったため、新卒は引く手数多だったからだ。
その中から選んだのは、あけぼの薬局だった。理由は、当時の社長と採用担当が入る面接で、面白そう人たちだなと思ったから、以上!一応、面接チックなことが行われる訳だが、自分は「大学時代に打ち込んだことはパチンコ」などを履歴書に正直に書いていたのに、めちゃくちゃ興味深く聞いてくれた。
他のところでは「あ~そうなんだすごいね」と困った感じで、「こんなやつを採らないといけないのか」という空気すらあった。あけぼの薬局はパチンコの話を興味深く聞いてくれて、「パチンコ好きな人は楽しい人たちだ」と思っていたので、そこに決めた。

入社式は東京であった。入社式のことは、新入社員挨拶で「現地妻を探しに来ました」と言ってめちゃくちゃ滑ったこと以外はあまり覚えていない。

入社から半年は東京で研修。最初座学1週間あって、3ヶ月は千葉県市川市、3ヶ月は大田区に住んでいた。初めて、人に挟まれて体が浮くくらいの満員電車を経験した。研修自体は、国試で頑張って覚えたものがこんな風になるんだ、とか、でも全然わかんないな~めっちゃ勉強になるわ~、と知識が身になっていく感覚があって楽しかった。
薬剤師じゃない友達から、薬に関して色々相談されるようになっていくのも楽しかった。
東京での研修が終わった10月くらいに本配属があり、京都上桂店勤務になった。在宅が多くて忙しい店舗だった。
今考えると12年前に在宅バリバリやっていた店舗だったので、当時としては進んでいた店舗だ。上桂店では、4つの施設のうち俺は2つを担当しており、往診同行もしていた。施設の人たちとはすごく仲良くなって楽しくやっていた。店舗に関しては、3年目の社員と回していて、外来はパートさんに任せていた。
当時はそれが普通だったが、割と裁量を持ってやっていた。今思えばハードだったが、好きにやれてよかった。
でも「同じ毎日だな~」という感じはしていた。毎日同じ作業が多いし、やっていることがずっと一緒だな、と。在宅で外に出るのは好きだったが、当時の在宅は「配達」の側面が大きくて、あまり良くないなとも思っていた。

それに、当時の社長(面接時とは別人)がめっちゃ変な人で仕事もせずふらふらしていて、社員からの信頼もなく、俺も嫌いで、この人の下でずっとやっていていいのか?という思いもあった。そんな時に一つとある事件があって、知らないジジババの不倫現場の載った謎の文書がうち含め数店舗に送られてきた。

その後、関東のグループ会社がそのジジババに乗っ取られていた。なんかやばい感じ。


そんなこんなで、まあ1年半くらい働いたし、1回辞めておくか!新しい環境に行くか!という勢いで、会社を辞めた。店舗の人たちとは結構仲が良かったし、おばちゃん達には「寂しくなるわ~でもこの会社の状態じゃ仕方ないよね」と惜しまれもした。

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おっすおはようございます 株式会社メタルファーマシー代表取締役 元パチンコパチスロガチ勢 メタラー