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「王様の耳はロバの耳」はイソップ童話ではなかったらしい

前回採り上げた「王様の耳はロバの耳」は、wikiには堂々と「イソップ寓話の1つ」と記載されていますが、どうやら厳密にはイソップ寓話ではないらしいです。

というのも今回、色々調べてみたのですが、ざっとチェックしたかぎり、「王様の耳はロバの耳」は次の3つの邦訳のいずれにも収録されていないのですね。

・『イソップ寓話集』(中務哲郎訳、岩波文庫、1999年)
・『イソップ寓話集』(山本光雄訳、岩波文庫、1974年)
・『伊曽保物語』(訳者不詳、16世紀頃)

「王様の耳はロバの耳」の出典は、イソップ寓話ではなくて、『変身物語』(オウィディウス著)です。

『変身物語』:
著者のオウィディウスは1世紀のローマ人。原著はラテン語。ギリシア神話とローマ神話から変身を題材にしたエピソードを網羅的に収集し、一つの連続する韻律詩として再構成された野心作である。本書に収録されたミダス王の物語は、「手に触れるものすべてが黄金に変わる話」と「王様の耳はロバの耳」とに分けられる。

岩波文庫『変身物語(下)』115頁に「ミダス王」のエピソードが収録されています。
なお、邦訳で読めるミダス王のエピソードとしてはもう一つ、『ギリシア・ローマ神話 付 インド・北欧神話』(ブルフィンチ著、野上弥生子訳)があります。著者のブルフィンチは19世紀のアメリカ人で、原著は英語です。本書に収録された「ミダス王」のエピソードもやはり、「手に触れる物すべてが黄金に変わってしまう話」と「王様の耳はロバの耳」の二つの部分から構成されています。また細かな筋立てもオウィディウス『変身物語』版によく似ている点からすると(オウィディウス版はやや冗長で、ブルフィンチ版はやや簡潔ですが)、ブルフィンチが典拠としたのもおそらくオウィディウス版だったのでしょう。

以上から、「王様の耳はロバの耳」の出典は、オウィディウスの著した『変身物語』であると確定できそうです。

では、なぜwikiには「王様の耳はロバの耳」がイソップ寓話であると記載されているのか。半ば私の想像ですが、「王様の耳はロバの耳」という民話そのものは、チェコのアニメ作家が1950年にアニメ化している点からも推測される通り、ヨーロッパにおいて有名な作品であったが、おそらく日本のある時点でイソップ寓話シリーズに加わり、以降日本ではイソップ寓話の一つとして定着した…といったところが関の山でしょうね。

ちなみにイソップなる人物が実在したかどうか定かでなく、もし実在したとすれば、イソップとは紀元前6世紀頃のギリシア人だそうです。彼はとくに書物を書き残したのではなく、寓話を語りながら各地を遍歴し、彼の死後「イソップ」は寓話の代名詞となり、新たな寓話が「イソップ」の名の下に追加されていったらしい。つまり、現在イソップ寓話として伝えられている作品は、次の3つに分けられるってことですね。

・イソップ以前から伝わる民話をイソップが語った
・イソップによる創作成分多めの話
・イソップの死後、追加された民話

そうすると、「『王様の耳はロバの耳』がイソップ寓話だとする説は誤りだ!」って目くじら立てる必要はないのかもしれませんね。



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