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aibo(アイボ)の復活と、時代を生きるということ。

(1)マガジンハウスの栄光

 出版界の仲間と雑談をしていると、マガジンハウス(旧・平凡出版)の話題になることが多い。「平凡パンチ」「ポパイ」「ブルータス」「anan」「OLIVE」「Hanako」と、戦後の成長の中で時代を牽引した出版社である。その栄光ある出版社の体たらくについて、嘆く編集者が多い。

「僕らの若い時は、マガハの雑誌が時代を感じるバイブルだった。それがいつの間にか、普通の出版社になってしまった」
「平凡出版がマガジンハウスになった時あたりからおかしくなった。あの時、マガジンハウスなんでダサイ名前は恥ずかしい、と泣いて抗議した編集者もいたんだ。それだけ、自分たちが作ってきたものにプライドがあったんだな」
「マガジンハウスというのは、雑誌を主体にした出版社だという自負もあった。生きている時代そのものを反映し、時代の流れを作るというプライドね。それがいつの間にか、書籍もやりだして、出版社としてのコアコンピタスを捨てたんだな」
「やはりバブルだろう。バブルの時代に湯水のように電通から広告が入って、やりたい放題に遊んでしまったツケが、バブル崩壊後にやってきた」
「平凡出版の頃は、木滑良久さんがいて、優秀なスタッフの他にフリーのライターたちの木滑軍団がいて、ネットのない時代に、時代の最新情報が集まる仕組みを作ったんだな。フリーの連中は、遊びにいけばメシをおごってくれて、タクシーチケットをくれて、原稿を書けば原稿料も高いわけだから、能力のある連中は、みんな集まった」
「みんな新しいネタに飢えていて、編集会議も面白かった。それが、いつの間にか、編集会議のネタに過去のポパイの記事を持ってくるようになった。自分たちが作った過去のネタをパクルわけだ。これは、マガハに限らず、ゼロから企画を考えずに、テーマが決まると、過去の企画を焼き直そうとする」

 木滑良久さんの以下の動画は、短いけど、彼の方法が凝縮されていて面白い。

「POPEYEを創った男たち、8人の証言。」 木滑良久 ポパイ初代編集長 ...

 木滑さんには、アメリカ進駐軍のかっこよさに憧れた原体験がある。その原体験にこだわりつつ、理論ではなく、感性と直感で雑誌を作り、3年で飽きて、次に行く。簡単に言うと、雑誌作りのポイントは、これだと思う。

 80年代の半ばだと思うが、木滑軍団の一番のはみ出し者であった、故・坂本正治と僕の付き合いがあり、彼が、木滑さんに会った方がよいと、六本木の天ぷら屋で3人で食事したことがあった。何を話したかは覚えていないが、参加型メディアの可能性を語ったと思う。僕らの世代でいえば、出版界には、平凡出版の木滑さん、講談社の故・内田勝さんが、編集者としてのスーパースターであり、内田さんとは70年代からお付き合いさせていただいたが、木滑さんとは、お付き合いは始まらなかった。お見合いみたいな出会いは、だいたい続かない。何かを一緒に企んだり、議論したりしているうちに仲良くなるのが、継続する。

 10年前ぐらいか、機会があって、マガハの本社を訪問し、木滑さんと再会したが、僕のことはまるで覚えていなかった(笑)。それはそうだろう、木滑さんは、想像を絶するほどの多くの人間に会って、飲んで、会話してきたはずだから。

 今の雑誌の編集長が、どれほど多くの人間に会っているのか分からないが、想像するに、会っているのは、有名人ばかりだろう。無名だけど、変なネタを持っている奴とか、実績ないけど、何か面白そうなことをやってる、という本来の雑誌が探しだすべきネタ元と会っているとは思えない。せいぜい、ネットにあがってきた、ユニークな情報や人間に関心を持つぐらいだろう。木滑さんは、木滑軍団という、調査機関のようなものを持っていた。その口コミで、膨大な時代の人間たちと会ってきたのだろう。

 そして、原体験とは、リアルな現実の中で感じるものであるし、人は、原体験を「キックスターター」として、自分の人生を開始する。情報化社会の中で、その原体験というべきものが失われたのかもしれない。


(2)aibo(アイボ)の復活

 ソニーもまた、マガジンハウスと同じように、戦後を生きた若い世代にとって、憧れであり、信頼出来て、僕らを面白がらせてくれる兄貴みたいな存在だった。戦後を感性と直感と技術力で疾走してきたソニーが、木滑さんが否定した「理論化された経済学はインチキ」に振り回されて、理論で生きた企業組織を成長させようとして失敗した。その後の試行錯誤で、ようやく余裕が出来て、アイボを復活させた。

 ソニーが本日発表した「進化したaibo(アイボ)」、その詳細が判明。SIMカードが標準搭載、22軸のアクチュエータ

 このニュースを聞いて、期待と同時に、何か虚しさを感じた。これは、ポパイが、昔の記事をリニュアルして、最新トレンドをいれこんだ頁を作ったのと、同じなのではないか。アイボは終わったんだから、ちゃんと終わらせて、再び、アイボをはじめて登場させた時のような驚きのあるプロダクトを、出さなければいけないのではないのか。ゼロからスタートするということを忘れてしまっては、それはSONYの復活ではない。

 僕は、以前にnoteで、以下のような原稿を書いた。この気持ちは、アイボの復活でも変わらない。

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aibo(アイボ)の復活と、時代を生きるということ。

橘川幸夫

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