橘川幸夫
ニュース0119●「インテレクチュアル・ダークウェブ」の登場に刺激されて。
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ニュース0119●「インテレクチュアル・ダークウェブ」の登場に刺激されて。

橘川幸夫

欧米を揺るがす「インテレクチュアル・ダークウェブ」のヤバい存在感
「反リベラル」の言論人ネットワーク 

(1)闇から生まれてくるもの

 木澤佐登志さんの刺激的なリポートが出た。「人権」や「環境」を価値観の全面に押し出す「リベラル知識人」に対して、「事実=FACT」によるエビデンスを基盤にして攻撃する知識人がつながりはじめたというものだろう。日本で言えば「ネトウヨ文化人」に感覚は近いのだろうが、少し違うような気がする。どうやら、左翼に対する気分的な反発だけではなく、「理想」や「幻想」に対する「事実」を価値の根本に置いているというのが、旧来の知識人にとっては「不気味」に映るのかも知れない。左翼には左翼の、右翼には右翼の、幻想的な知のコミュニティがあり、これまではどちらかのコミュニティに所属することが言論の戦いであったが、どうやら、そういう村の対立とは別のところに、第三の視点が生まれたような気がする。ネトウヨのレッテルだけでは、本質が見えなくなると思う。

 一読して浮かんできた言葉は「AIの人格化」である。これから現れるであろう、人間と同程度あるいはそれ以上のAIによる頭脳が登場したら、このような「FACT至上主義」になるのではないか。人間的な情緒や歴史感などとは無縁なところで、膨大な事実だけに基づいて、すべての事象を評価、判断するだろう。

 世界中の選挙の状況は、極右と極左の戦いになっているように見える。極右と極左とは、つまり「0」か「1」かいうコンピュータの二進法のような選択である。そして、多くの一般の人々は、そのどちらでもない曖昧な領域で生活している。しかし、多く学び、社会に対して主体的に責任を取ろうとする知識人ほど、「0」か「1」の選択を迫られる。移民は排除すべきか、すべきでないか、という選択である。AIにとって、曖昧な領域は、自らの存在意義の自己否定である。AI人格が登場するのは、もうすぐだろう。

(2)空白という自由

 ちょっと振り返ってみよう。インターネットが登場する以前の地球の状況を。
 地球に人類が誕生し、小さな村を作り、都市を作り、国家を形成していった。その段階では、地球(世界)は広大なものであり、コミュニティとコミュニティの間には、大きな空白が存在していた。この空白の意識が近代人にとって冒険の舞台であり、交通と通信の発達により、空白がすこしずつ可視化されていった。

 『山のあなたの空遠く幸(さいわい)住むと人のいう』という上田敏が翻訳したカール・ブッセの詩は、近代を感じた人類が、自分の村の彼方に、幸福な空白があると夢見た歌だろう。近代は、冒険の時代であり野心の時代であり理想の時代であった。空白は、すべてを受け入れたからである。

 左翼思想家は理想の社会システムを構想し、右翼国粋主義者は民族の歴史の中に理想の社会を夢見た。「事実=FACT」のエビデンスは、彼らにとっては、理想を啓蒙するための単なる道具ではなかったのか。

 そして、インターネットが登場する。インターネットの最大の役割は、それまでコミュニティとコミュニティの関係でしかつながれなかったものが、個人と個人の関係でつながることが出来たことである。そのことは結果的にコミュニティ(国家・企業・地域・家族など)が自らを維持するため隠していたブラックボックスを可視化していった。隠されていた不都合な真実が、続々の可視化されていったのが、インターネット以後の私たちの世界ではないか。

 近代までに築かれたあらゆる幻想が「事実=FACT」によって、幻想であるということを明らかにさせられていった。私たちは、組織の幻想から目覚めつつある、リアルな子どもたちである。

(3)ロッドマップの未来

 「事実=FACT」によらない、「夢物語」は、最早、無意味なのであろうか。それは「想像力」は無意味なものなのか、という問題にぶち当たる。

 昔から、技術者と話していると、技術の進行に対して絶対的な正義と自負を感じる。技術の進歩は、ロードマップ上に描かれた必然の成長だから、後退するということがない。それに対して、技術をコントロールするソフトウェアや理念というものは、直線状には進歩しない。後退したり、無意味になったり、ゼロからやりなおしてと、螺旋状に成長していく。(この辺のことは、「メディアが何をしたか」(1984年 ロッキング・オン社)という書籍に詳しく書いた)

原発を開発しているエンジニアがテレビに出ていて、「私たちは200年後の社会のために技術開発をしているのだ」と話していた。確かに彼らのロードマップによれば、200年後には、安全で小型の原子力発電装置が完成しているだろう。私は原子力発電の技術開発は進めるべきだと思う。しかし、200年後に完成する技術を、現実の近代ビジネスの構造の中で研究するのは、あまりに危険だと思う。

 医療テクノロジーを追求している学者が、テクノロジーの進歩が医療制度の根本的な解決になると言う。確かに、テクノロジーの急激な発達は医療業界に激変を起こし、バイオの技術はこれまで不治の病といわれていた難病も解決する道を開いている。しかし、現実を見れば、最新医療機器を病院に導入すれば、巨額の購入費が必要であり、治療費も高額になる。最新機器が導入されないと、優秀な若手医師も集まらないというジレンマで病院経営は苦闘している。

 最先端の医薬品によって不治の病の患者を救済いることが出来ても、その患者は少数なので、これまでの近代ビジネスの方法で、利用者から代金を徴収したら、とんでもない金額になり、国家が対応せざるを得ない。風邪薬の特効薬みたいなものであれば、市場原理で開発費を回収出来るが、それ以外の対応については、近代の株式会社の構造では無理が出るのである。すべての病を解決するのが人類として当然の方向であるが、それを成立させるための、新しい社会システムやコンセンサスの一致で必要になってくるのである。

 技術者の描くロードマップは、想像力ではない。前技術を発展させたシミュレーションである。本当の想像力とは、0か1ではなく、0から1を生み出すことである。

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