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ポンプノオト/ポンプ核通信’1979年8月

ポンプノオト。このテキストは、ポンプを創刊する時にネットワークした150人ぐらいの「ポンプ核グループ」と1000人ぐらいの「ポンプアンケート要員」のみんなに、配布していた内部情報ペーパーである「ポンプ核通信」に掲載されたもの。「ポンプ」は参加型の新しいメディアなので、こうした人たちと内側で議論しながら、作業を進めていた。

報告など。

 例えば、東京に住んでる人なら、池袋という町には、「東側に西武デパートがあって、西側に東武デパートがある」なんてことは誰でも知ってる。だけど最初から知ってたわけじゃない。ぼくが子供のころ、この事実を発見した時の新鮮な衝撃は今でも覚えてる。ぼくは東京に住んでいて、「こんなことは誰でも知ってる」と思いこんでいただけなのだ。だから東京以外の人が池袋にきて、この事実を発見した時の驚きを、今までは無視してきた。つまり、ポンプをやるまでは。

  発見した中味が自分にとってどのような意味があるのか、だけを問題にしたあまり、発見者の個人的衝撃を無視してきた。客観的意味だけしか見ようとしなかったのだ。 しかし「客観的意味」なんてものは実はないのだ。Aという少年が、英語の点数が悪いといって自殺する。だけど、その時「英語の点数なんかで悩むなんてナンセンスだ」という、正しい「客観的意味」を押しつけてもどうしようもない。A君にとっては、その客観的には小さな問題でも、自分にとっては、まさに自分の生命よりも大きな問題だったのだから。

 ポンプは主観であることに意味がある、とデザイナーの松岡裕典は言っていた。堀込真人は「ポンプは実用誌になって欲しくない。うれしい雑誌なんだから」と言ってきた。ポンプは言葉(客観的意味)と出会う雑誌ではなく、人間(主観的存在)と出会う雑誌なんだから。だから、特別にスゴイ言葉を吐く個人が登場するわけがない。内容が深まる時は、みんなが深まる時しかないのだから、それとは気づかない。健康のことで言うなら、役立つ知識や専門知識は、専門誌を読めば良い。ポンプに載ってるのは、そんな「内容で」はなく、個人がケガしたりした時の「主観的実感」でしかないのだから。

 ポンプはタテに深まっていくポンプではなくて、横に深まっていくポンプだ。松岡はポンプはポンプではなくてラインだ、と言った。

 ポンプの方式は、活字雑誌としては最終的な姿なんだろうけど、当然、活字雑誌としての限界も持っているわけだ。原稿選択の問題だ。全部載せればそれですむ、ということでもないだろう。それだったら「原稿を書いた人の実感」しか伝わらないからだ。どのような展開にしていくのか、とにかく、活字雑誌の限界ギリギリのところまで行ってみたい。

 今の選択法は、最初に書いたように、「内容」ではなく、「主観的実感」に触れるかどうかで選んでる。選ぶ人間によって、選ぶ内容が違ってきちゃうのも事実で、このへんが一番システム化しにくい点だ。毎回、選ぶ人間を変えたりしてみても、本質的解決にはならない。これはポンプだけではどうしようもないことだと思う。全メディアのポンプ化、そして、その機能のパーフェクトな充実……この道への、今のポンプは第一歩だと思ってる。ポンプは最終的には、ある種の通信システムになるはずだ。

 ポンプが古典的活字雑誌の限界をひきずっているからといって、これまでの雑誌の作り方に義理立てする理由はなんもない。もし送り手の発言を一方的に通達するだけの雑誌を作るんなら、ポンプみたいなメンドウなことやらないで、自分で書くよ。古典的出版人に会うと、追及されるのは「結局、雑誌の仕組みなんか変わんないんだから、君だって投書を利用してるだけなんじゃないかね」というようなことだ。自分たちが勝手に仕組みを固めておいて、その突破口を探そうとして悪戦苦闘しているぼくたちをギマン者扱いするのも、なんともやるせないが、別にぼくは出版人になろうとしてるわけではないし、この悪戦にはちゃんと意味があるはずだと信じてるので、あまり気にはならない。

 ポンプはまだ「特別な雑誌」だから、ぼくという個人が雑誌のスタイルを操作していく意味でも、個人的に原稿を選択するしかない。茅原さかえさんという人は、ぼくの選び方に「不信」を持ってると言ったけど、そんなら茅原さんが原稿を選べばポンプの意味が変わってくるのか、ということでもないと思う。今は、ポンプを特別な雑誌でなくなるように(つまり他の雑誌がすべてポンプ化するように)方法の呈示をしている段階だと思ってる。もっと、たくさんのポンプが必要なのだ。そうすればもっとたくさんの「選ぶ人」がでてくる。その先にしか解決法は待っていないはずだ。 

 ぼくは大枠においては、長期的展望のもとに一瞬を行動してるつもりだよ。だから、個別の部分だけを批判されても困るので、批判するなら根本的にやってもらいたい。もちろん注意とかアドバイスはたえず必要としてる。


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