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出版構造論ノート(9)自分出版社のすすめ

 僕は、ロッキングオンを作るために写植を覚えた人間である。写植というのは、今は、自分でキーボードを叩いて文字をうつが、大昔は、活版印刷なので活字を拾って版組をする人がいて、そのあとは写植といって、大きなカメラみたいな機械で、ガラスの文字盤の文字を合わせてシャッターを押すと、ドラム式の印画紙に文字が印字されて、それで版下を作った。僕の愛用機は「PAVO8」という機械で、最初は東中野の駅前のマンションで写植屋を開業し、26歳くらいで駒沢に家を買った時も、そのまま自宅兼写植屋兼ロッキングオン編集室だった。

 70年代の写植屋はそこそこ儲かった。一文字2円くらいだが、単行本を一冊印字すれば、だいたい15万字くらいだから30万円になる。本を一冊書くのには何年もかかるが、本を一冊印字するなんて2週間あれば出来る。写植屋が印字したものをデザイナーが版下にして、それを製版屋がフィルムにして、それを原版にして印刷する。原版は僕らの頃はジンク版と呼ばれていたスズと鉛の合金だが、やがてPS版というアルミ版に感光液が塗られたものにかわっていった。そして印刷機にかけられるわけだが、この印刷まで工程をプリプレスと呼ぶ。

 技術の進化とは、ある意味、プロセスの省略であり、中抜けである。現在では、著者が印字を行い、版面などの形式が決まっていれば、テキストを流し込み、製版も焼付けも省略して、そのままダイレクト印刷することが可能になった。プリンターと同じである。オンデマンド出版は、もともとはIBMが大型コンピュータのマニュアルを作るのに、膨大な頁数のマニュアルをまとめて印刷したらコスト的にも在庫管理的にも合わないので、プリンターを連結した装置を作って、大型コンピュータの納品が決まったら、その都度、1冊ずつ作る方式を開発して、そこから始まったと言われている。

 さて、書籍の印刷工程は、30年前に比べて、大幅に合理化されたので、当然、大幅なコスト減になっている。書籍印刷の業界は、平河工業社が激安で有名になり、今では、いろんな激安印刷屋がネットを調べれば出てくる。印刷工程のデジタル化と、自費出版や同人誌文化の隆盛など、小規模の書籍出版が増えたこともあるだろう。

 昨日、モリモト印刷から営業資料が送られてきたが、復刻版印刷(例えば自分が出したものをスキャニングして書籍印刷する)の場合、A5版、224頁、500部で21万2500円。30年前に、僕が打っていた写植代より安い。ちなみに、データ入稿であれば、同じ体裁で3000部で57万1725円。1冊あたり190円である。

 かつて、書籍の定価は、印刷費(デザイン制作費含む)の3倍と言われていた。定価を100%とすると、30%が印刷制作費、40%が流通費、著者が10%で、出版社が20%。返本リスクは出版社が負うから、初版でトントン、版を重ねれば、プリプレスの分はかからないから、その利益が加わるので儲かるという構造だった。今や、定価における印刷費の比率は激減しているだろう。

 これは出版業界にかかわらず、あらゆる業界で、外注の製造会社と、商品開発メーカーとの熾烈な戦いがあったのだろう。印刷会社の利益構造は、作業の工賃ではなく、紙の仕入れの部分である。紙は相場があるから、安い時に大量に押さえておけば、利益を調整しやすい。出版社が用紙会社を関連に持っていて、出版社の利益が貯まると、なぜか用紙の値段が上がるという話もあった。

 隆盛期の「ぴあ」が、それまで印刷屋に任せっきりであった用紙を、商社を使い、北欧から直接輸入を開始しようとしたことがあった。印刷屋には、用紙を出版社が支給するという構造である。今ではよくある話だろうが、当時は、あまり聞かない話だったので、取引先の印刷会社は拒否して、別の印刷会社に変えた。ぴあの矢内さんとメシ食いながら話してたら「拒否したら変えられるの分かっていて拒否する印刷屋はおかしいよね」と言っていた。

 印刷技術のデジタル化によるコストダウンが現実にある。初版3000部の通常の書籍が57万円で出来る。500部だったら21万円。自分で文章書いて、DTPやれば、良い。こちらの方が電子書籍より、はるかに面白いと思うのだが。電子書籍は、リアル書籍のおまけで十分。自費出版会社に頼むとか、そういう時代遅れの発想ではなく、すべて自分でやればよい。すべて自分でやれる環境が、インターネット以後の世界なのだ。自費出版ではなくて、制作から販売まで全部自分でやる、自分出版社を作ればよいのだ。

 流通? 宣伝? それも自分で引き受けて、やるべきだ。僕らは、ロッキングオンを創刊して、書店やロック喫茶に置いてまわった。今は、インターネットがあるではないか。やりようはいくらでもある。特に若い人は、多様な「自分出版社」の設立をおすすめしたい。

 「note」のライターさんたちは、新しい書籍著者の群像だと思っている。既存の出版社に売り込みをかけるだけではなく、自分なりの模索を期待してます。

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