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出版構造論ノート(14)文壇バー数寄屋橋


 僕は、20代を「ロッキングオン」「ポンプ」という雑誌をやっていたので一般的な出版業界との付き合いは希薄だった。ロッキングオンは自前の出版社だし、ポンプは、宝島(当時はJICC出版局)の関連会社で出していたので、サブカルの世界ではそれなりに人脈が出来たが、一般の出版社との付き合いはなかった。付き合いが広がったのは、1981年に「企画書」という単行本をJICC出版局から出してからである。

 その頃は、単行本を出すと、いろんな雑誌(特にさまざまな業界誌や専門誌)からの原稿依頼や講演会のお誘いが拡大した。雑誌にいくら原稿を書いても何も反応ないのに、書籍というのは、こういう役割があるのだと認識した。最近は、単行本を出しても、何も反応がない(笑)。僕の商品価値がなくなったのだと思うが、雑誌などの寄稿という意味がなくなっているのかも知れない。外部に依頼する原稿は、賑やかしに話題性のあるタレント的ライターを使うだけで、編集部の知見を表現したりコンセプトを仮託するものではないのだろう。ていうか、面白い人材を探そうという意欲が、現在の編集者は希薄になってるように思う。

 82年ぐらいだったか、文芸春秋から電話があった。文春なんて、それまでは別世界の出版社だったが、ちょっと名前は忘れたが、いかにも文春的な押しの強い超インテリ風な高齢の編集者が僕の事務所にやってきた。面白い人だった。文春も戦後社会の耐用年数が切れかかっているので、これまでの文春人脈とは無関係な人脈を作りたいので相談に来た、ということであった。文春が、ネスコという、新しい出版社を作るので協力してくれないか、ということだった。

 70年代、うちのカミさんが、文春の下請けで仕事をしていたので、カミさんは、よく文春の人たちと飲んでた。西武新宿線の中井あたりは、林芙美子とか、昔の文学者が住んでた地域で、そのあたりの渋い飲み屋が多かったように思う。70年代の僕は連日、新宿ゴールデン街にいた。

 ネスコの人がよく連れて行ってくれたのが、銀座の文壇バー数寄屋橋である。まあ、普通の飲み屋なのだが、眼光鋭い編集者や、偏屈な作家たちが醸し出す、独特の空気感があった。ネスコに著者を紹介するということで、最初に推薦したのが、当時、僕のやっていた事務所にいた石田陽子が推薦してきた泉麻人くんである。泉くんはペンネームだが、彼はもともと東京テレビガイドの編集者で、渋谷陽一が連載してた時の担当編集者だった。まだデビューしたての頃で、ほとんど無名だったが、浮遊感のある文章を書いていて面白いと思ったので、ネスコに紹介した。最初の打ち合わせも、数寄屋橋だった。そこで出来た本は「カジュアルな自閉症」というタイトルで出版された。そして、もう一人、推薦した人がいる。これは、宝島にいた大島くんが推薦してきたのだけど、漫画家としてスターであった柴門ふみさんが、文章を書きたがっていると、柴門さんと仲のよかった大島くんが言うので、それは面白いと紹介した。ネスコもかなり盛り上がったのだが、途中で、大島くんが柴門さんと喧嘩してしまい、企画は流れた。その後、柴門さんは文章家としても活躍したので、何か形にしておきたかったな。

 編集者というのは、ただ編集作業をする人間ではなく、編集に値する新しい人間を探してくる人のことである。そのための、拠点が文壇バーであった。

 梶原一騎が講談社の編集者を酒場で殴ってしまい、その事件をきっかけに業界から干された事件があった。それも確か、数寄屋橋だったと思う。この事件は、直接は知らないのだけど、誰に聞いたのか忘れたが、僕の聞いたところでは、こういうことだった。もともと梶原さんは、コワモテで、かなり強引なので、編集者も手を焼いていた。当時、出版界では、作家たちが上で、まんが関係は、下に見られていた。銀座で飲むのは作家たちで、まんが関係は新宿か池袋だった。梶原さんは、巨人の星や明日のジョーなど、多くの大人気マンガの原作を書いて、マンガを爆発的に普及させた功労者である。それは、講談社の内田勝さん(70年前後の黄金時代の少年マガジン編集長)とのコンビで行われた。梶原さんは、銀座の夜の街が似合う。ある時、数寄屋橋で飲んでいると、別の席にいた編集者が、酒の勢いもあったのだろう「おお、最近は、マンガの連中も銀座で飲むのか」というようなことを言ったようだ。梶原さんは、もともと活字の作家になりたかったのだが、それがかなわず、思わぬところでマンガの原作で大成したこともあり、作家に対するコンプレックスもあったのだろう。極真空手の猛者で腕に覚えもあるから、殴ってしまったということだ。この事件で、業界的にパージされて、やがて病気で没することになるが、なんとも「村」的な出来事だと言う記憶がある。

 そういえば、故・内田勝さんにも、何度か、数寄屋橋に連れていってもらったなあ。

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