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誰も知らない雨の日に

穏やかな日差しが射す外とは対照的に中は雨。
びしょ濡れの中、私と妹が向かい合っている。
状況が掴めない。
雨と表現したが正確にはスプリンクラー。
妹は悲しげに上を見上げる。
青い空もどんよりとした雲もないただの白く塗られた天井を。

火が収まり雨が上がる。
スコールに遭遇したみたい。
驚いてたけど、半ば強制的に、そしてそのままの意味で頭を冷やされた。
春が近づき暖かくなっているとは言え、まだ水浴びの季節でもない。
そんな冗談も考えれるくらいの余裕はできた。
じゃあ、本題に入ろうか。

「何があったの。」
私は小児科のお医者さんのようにできる限り優しく尋ねる。
「火をつけたの。火を感知して水を出す装置がある事は予測できなかったわ。」
あぁ、訳がわからない。
小学校ではお家で火をつけてはいけないとか教えないのか。
しかし、私は対話しなければならない。
それが年上としての、姉としての、私の役割であろう。
「何故火をつけたの。」
「死にたかったの。」
普通に過ごしてると聞くことが少ない願望。
きっと妹は思春期に入りかかっているのかもしれない。
「何故死にたいの?」
「何故生きたいの?」
おうむ返し。質問に質問で返すのは反則だよと思いながら、私は答えを考える。
何故生きたいか。何故だろう。
妹は答えを待ってくれずに話を続ける。
「例えば、朝起きた時もう少し寝ていたいと思う時はない?」
私は頷く。
「一生寝ていたいと思うことは?」
「あるけれど。」
「そういう事よ。」
それは極論だ。
「何か嫌な事あった?」
妹は小学生だ。
きっと大したことなんかない。
みんながふて寝してしまうような些細な嫌なことに対して死にたいと思っただけのはずだ。
きっと死というものがどれほど怖いのかわからないから死にたいなんて思ったのだろう。
「いや、ないわ。あえて言うなら生きる事、それ自体が嫌なのかも。」
「そんな事言わないの。死んでしまえばお母さんにも会えないし、学校の友達とも遊べなくなるよ?」
「そのうちお母さんも友達も皆死んでしまうわ。早いか遅いかの違いよ。」
「でも、それまでの間楽しい思いができるじゃない。」
「楽しみが増える分だけ悲しみも大きくなるわ。あと、私は人と関わっていて楽しいと思っていた事はないよ。」
なんて捻くれているのだろう。
昔からそうだった。妹は頭が良かったが人と少しズレている。
そのせいで人から虐められる事も多かったようだが、最近は積極的に関わろうとする同級生は少ないらしい。
怖さを感じるようだ。妹から発される何かに本能的に恐怖し、距離を取っているのだろう。
妹の突飛な行動には私もついていけない。
昔は小学生の無邪気な行動の1つくらいとしか捉えていなかったけれど、どんどんエスカレートしている。
そして、小学生の無邪気さでは済まされない何かを感じる。
正直、怖い。
妹へのイメージを修正し続けなければならない。
そして妹とずっと接していかなければならない。それが私の役目だ。
ただ妹の言っている事も少しはわかる。
全体の幸福度が大きいと終わりが辛くなる。
映画も、学校生活も、好きな人とのデートも。
だからと言ってじゃあそれを元々経験したくないのかと言われると私はそうは思わない。
「人と関わる事が楽しいかどうかという話は今回置いておこうか。でも、楽しみを感じ、そしてそれによって引き起こされる悲しみも味わう事で人間って豊かになるんじゃない?」
姉として満点の返しをできた気がする。
しかし、妹は何の表情の変化もなく、びしょ濡れの床に体育座りしてこう話した。
「それは錯覚よ。悲しみを味わってそれに意味づけしようとするのは悲しみを経験しなければならない人間だけだわ。私は悲しみを捨てたいの。」
悲しみを捨てたいなんて可愛らしい。
そんなセリフも言えるのかと思いつつ、私も腰を下ろす。
ズボンに水が染みてきて冷たさと気持ち悪さを感じる。
「じゃあ、悲しみを捨てて得たい喜びは何?」
妹は今までとは対照的に澄み渡る太陽のような笑顔でこう答えた。
「ずっと誰にも邪魔をされない孤独な時間。すなわち死。」
一貫している。
主張と行動に。
何故、妹がここまで孤独を欲し、死を愛するのか。
話を終えるのはまだ時間がかかりそうだ。



続きます。

#小説

集まったお金で本を買うか友人とご飯に行きます。 それが執筆の糧になります。 どうぞよしなに。