受験

　中学受験と大学受験を経験しているが、幸いなことにどちらも第一志望に受かって進学している。どちらも二度とやりたくない。後者は二度経験しているが。

　小学校に通っていた頃は神童で、テストで満点を取る日々を続けていた。98点をとって泣いていた日が懐かしいし、今はその意味が全く分からない。卒業生の殆どが地元の中学校に進学するのだが、その中学校についての悪評を度々聞いていたので、できることなら行きたくなかった。中学受験なるものの存在を知ったのは5年生の時で、6年生になると同時に近所の塾に通い始めた。塾に通い始める際に確認テストのようなものを受けさせられたが、高得点過ぎて塾の先生に驚かれたのを覚えている。学校で修学旅行の実行委員をしたり、放課後と塾の間の30分で友達と遊んだり、適当に塾に通っていたりしたら無事第一志望の中高一貫校に受かった。中学受験と同時に高校受験も終えてしまった訳だ。受かるのが当たり前だと思っていたので、実感は無かった。井の中の馬鹿蛙である。

　進学先が決まってほっとしたのも束の間、入学式翌日に学力テストがあった。幸か不幸か、そのテストで160人中3位という好成績を残してしまった。この少年の学力はその後暫くハリウッド・ドリーム・ザ・ライドのように下降していくが、4年生（高校で言うとと1年生）辺りから少しずつ上昇していった。中高一貫校には高校受験が無いので、中だるみという現象が起こる。自分にはやや早い段階でそれが起こっていた。

　5年生の終わり辺りまでは、全てが順調に進んでいた。が、最終学年の6年生になった瞬間、電源が切れたように学校を休み始めた。留年一歩手前の所でなんとか卒業することができたが、大学は落ちてしまった。浪人だ。

　正直、高卒で就職する人生も悪くないなと思っていたが、自分には何のスキルもなかった。普通科を卒業しただけの人間を雇ってくれて、かつ待遇も良いような最高カンパニーはこの世に存在しない。大人しく、両親や先生の助言を受けて近くの予備校に通うことになった。そこには少ないながらも学校時代の友人や知り合いがいて、指導も緩かった。夏休みが始まるまでは毎日予備校に行って受けるべき授業を受け、模範的な受験生生活を送った。そして、夏の蝉と入れ替わるように、予備校に通うのをやめて自宅に籠るようになった。

　どこにいてもその日はやってきた。共通テスト2日目が終わり、葬式のような気分で自己採点をしたら、得点は現役時の時とほぼ同じだった。普段勉強のことについてとやかく言わない両親もこれには絶句で、第一志望の大学の共通テスト判定も最低レベルのEだった。予備校の先生の「志望を下げろ」という圧を全身で感じながら、滑り止めだと思っていた私立大学も全て落ちた。どうしようもない。流石に焦りを感じ、2月初旬に工繊の赤本を開いた。遅すぎる。

　工繊より下のレベルで行きたい国公立大学が無かったので、中期日程や後期日程にはどこにも出願していなかった。二次試験当日。崖っぷちの一発勝負。周りを見れば皆難しそうな顔をして参考書や問題集に食らいついている。ここまでしても報われない学生の方が多いのだから受験は残酷だなあと暢気なことを思いながら、新品同様の参考書に目を通していた。この試験場に入る誰よりも勉強量は少ないはずだから、自分はセンスと運でこの戦いを乗り切らなければならない。気分はギャンブラーだが、胃が潰れるようで、全く楽しくない。生活費全てを片手に握りしめてパチンコに行く人達の強靭なメンタルを少しだけ尊敬した。もやもやとした気持ちが残ったまま試験を終え、まだ住むかどうか分からない新居の内見に行った。母に言われた通り仮予約をしたが、仮予約をするほどの自信は無かった。

　3月8日の夕方。家で合否発表を見るのは嫌なので、外出して外で発表ページを閲覧することにした。確かに試験場内ではベストを尽くした。数学は最後まで解答できたし、自由英作文も書ききった。去年よりはクオリティの高い解答用紙を提出できたと思う。だが、この2年間で本気で勉強をしたのは浪人時の夏までの期間と2次試験直前のみだ。父の言うことを聞いて最寄りの神社にも合格祈願をしに行ったが、もし自分が神ならこんな怠惰の塊のような受験生をわざわざ受からせようとは思わないだろう。発表時刻が来た。再読み込みをして、リンクをタップする。スクロールすると、見覚えのある番号があった。

　もちろん嬉しかったが、言いようのない恐怖も確かにあった。その恐怖とは、大学生活のことではなく、未来の自分についての恐怖である。娯楽を捨てきり、一分一秒を勉強に捧げるような受験を経験したことがない。しかし、これまで経験してきた中学受験や大学受験は自分にとって大きな節目であったはずだ。これから待ち受ける重要な試練に対して、身を粉にして行動することを避けて、ただ天命を待つような対応を続けていると、いつかは取り返しのつかないことになる。最大限の努力無しに報われてしまうような成功体験は呪いだ。現在の足元さえ見えていない自分の怠惰のせいで、先の自分が苦しむことになる。学校や予備校の先生たちが勉強をしろ勉強をしろとこちらの鼓膜が破れ狂うくらいに言う意味が分かった気がする。

　合格発表後は、Netflixで適当に映画を観たり、母校に報告をしに行ったり、赤本の合格体験記を踏ん反り返ったような文体で執筆したりしながら、ただ時間が経つのを楽しんでいた。ここ数年で一番心が平穏な時期だった。

　入学2か月後に成績開示があった。席次は真ん中くらいで、デッサンを含む総合問題という科目が高得点だった。写実的な絵は苦手だし画塾も通っていないのになぜだろうと思ったが、イリーガルな匂いのする合格ではないことが分かったので、ひとまずは安心である。

　最後に一つ。大学に入学してからも大学受験の話を積極的にするような人とは、まず距離を置いた方が良い。