MMGB - L'Arc〜en〜Ciel

以下は2021年夏に書いたL'Arc〜en〜Cielのレビュー(4作品、各1000字枠)。諸事情によりお蔵入りになったものの、内容的には悪くないと自負しているし、『現代メタルガイドブック』でもレビュー予定作品リストに『ray』を入れておきながらページ数の制限から外してしまったのを残念に思っていたので、この機会に放出させていただくことにした。お楽しみくだされば幸いである。

『HEART』(1998)


 yukihiro正式加入後、最初のアルバム。プロデューサーの岡野ハジメ、マニピュレーターの斎藤仁も全面参加となり、現在に至る基本体制がここで築かれた。重要な起点となったのがyukihiroの強烈なこだわりで、「キックの低域がありすぎます」「スネアがデカいです」「アンビエンスがありすぎます」という普通のドラマーとは逆のオーダーに岡野は頭を悩ませたという。そうしたヴィジョンを実現するための試行錯誤を繰り返した結果、岡野が到達したのが「1960年代のロックやフレンチポップスのサウンドバランスの“今バージョン”をやればいいのでは」ということで、yukihiroのドラムスの音は小さくタイト、そのぶんtetsuyaのベースが目立ちメロディアスでよく歌う、というラルク特有のアンサンブルが新たに確立されてゆく。「予算と時間もかけられたので、各パートのフレーズやサウンドなど、様々なことをイヤというほど試した」という過程で得られたものはきわめて多く、初めてプリプロダクションを行い場合によってはそこでのテイクを採用する(「Singin` in the Rain」のベースやドラムスはプリプロのもの)、以前はメンバー間の会話がなく黙々と作業していたのが岡野の仕切りで積極的に意見交換するようになったなど、バンドとしての在り方のレベルから基盤づくりがなされたアルバムなのだといえる。

 収録曲はいずれも素晴らしい。曲調はバラバラだが、メンバーの演奏やアレンジが個性的なためか、どんな音楽スタイルを選んでもラルク以外の何ものでもない印象が生まれている。オリコンチャート週間1位を初めて獲得した「winter fall」ひとつみても、作曲者のkenが意識したというスウィング・アウト・シスターに通じるテイストもあるがアレンジは全く別物だし、「hydeが歌えばどんな曲でもラルクになってしまう」と岡野が言うような各人の持ち味がオリジナリティを倍加している。「fate」がAメロ裏の生ドラムをループさせるなど打ち込み風味を意識している一方で、「Shout at the Devil」ではギター・ベース・ドラムスがクリックなしで一発録りされるなど、以降の作品で追求される様々な路線が初めて試され成果をあげた重要作である。

 なお、「虹」の歌詞の一部や「あなた」は『新世紀エヴァンゲリオン』の登場人物を明確に意識したもので、このあたりにも当時の雰囲気やそれを越えて現在につながる接点(後述)が現れているように思う。


※各作品のレビューにおける発言引用はいずれも岡野ハジメの自伝『音楽プロデューサー 岡野ハジメ エンサイクロペディア』(シンコー・ミュージック 2019年4月23日初版発行)から


『ark』(1999)


 『ray』と同時発売。オリジナルアルバム2枚同時リリースという方式は「『HEART』以降に出したシングル8曲を1枚にまとめたら単なる半ベストになってしまう」「2枚あればバランスよく振り分けられるだろう」というtetsuyaの発案から決定し、同時進行的に制作が進められた。この2作のために用意された楽曲には岡野ハジメが関わる前に作られたものも多く、未発表曲を聴いた岡野は「これをボツにしたの?その辺のバンドだったら表題曲にできるよ」「曲作りのクオリティが全然違う。成功するバンドというのはこういうことなのか」と驚きつつ納得したという。収録曲は実に多彩で、岡野の「非常にポップなアルバムであるとは思いますけど、僕にとっては凄く実験的な側面も含んでいて、マニアックとポップの両方が混在している。それはこの時期じゃないとできなかったことかもしれない」という発言に違わぬ充実をみせている。「Driver`s High」「DIVE TO BLUE」のように過去作に連なるストレートな曲がある一方で、ブリストルサウンドを意識したというyukihiro作の「Cradle」はマッシヴ・アタックあたりに通じる曲調、中近東にあるようなリズムのループが欲しいというkenの要望を受けてyukihiroが作った「Larva」はアンダーワールドあたりを想起させる箇所があるなど、オーソドックスなバンド編成に留まらない探究が素晴らしい成果をみせている。その真骨頂が冒頭を飾る「forbidden lover」だろう。生ドラムを素材編集ソフトで切り貼りした反復リズムはyukihiroが「曲の仕上がりはドラマティックになってるけど、ドラムは最後まで展開しない。それだけでカッコいいんだから、余計なことはいらないと思った」という通りの仕上がりで、初期ラルクのゴシック風味をさらに強化したような仄暗い曲調と最高の相性をみせている。アルバム全体としてみても完成度の高い傑作である。

 本作および次作に関連してマニピュレーターの斎藤仁が述べたコメントに「それまでの僕は流行りものを模倣するような仕事が多かったんですけど、ラルクは“作ったものが流行っていく”というか、今聴いても古いという感じがないですよね。流行を真似した曲はみんな古くなるけど」というものがある。圧倒的に冴えたメロディセンスと特殊で個性的なアレンジ能力を併せ持っているために、J-POPシーンの最前線を走りつつ音楽的にも大きな影響力を示すことができてしまう。本当に凄いバンドである。


『ray』(1999)


 『ark』と同時発売。「ark(箱舟)に乗って何処へ向かうか」を考えた結果、語呂も良かったことからray(光)というタイトルが採用された。2枚のアルバムは曲の振り分けから曲順決定までが難航し、メンバーのこだわるポイントが異なるために確定まで3日を要したという。その甲斐もあって全体の構成は非常に良く、特に本作の流れまとまりは完璧。グラムロック的な「死の灰」からポジティブパンクに通じる「It`s the end」を挟みエモ~ポストロックの薫り漂う「HONEY」で弾ける序盤、その余韻を引き継ぎゆったり進む「Sell my Soul」からキュアー風の輝かしさが映える「snow drop [ray mix]」までを前半として、仄暗いトリップホップ「L`heure」からゴシカルな美しさに満ちた「花葬」に繋ぎ、変拍子(Aメロは4拍子、その後は6+7→8+7→6拍子)が優れたフックとなる「浸食~lose control~」へ滑らかに移行、DEAD ENDやDIE IN CRIESを想起させる戦闘的な「trick」を挟んで儚く嫋やかな「いばらの涙」に至り、U2に優しい翳りを加えたような「the silver shining」で柔らかい余韻を残す展開は絶品というほかない。個人的には本作がL`Arc~en~Cielの最高傑作だと思う。

 『ark』の項でラルクの影響力について述べたが、そうした波及効果や時代に対する適応力は今に至って一層増しているようにもみえる。例えば、日本のトラップ~エモラップを代表するラッパー(sic)boyはhydeに憧れて音楽を始め、『ark』収録曲「HEAVEN`S DRIVE」から名前を頂いた曲を作ったり、ラルクについて熱く語るラジオ番組で「いばらの涙」を選曲するなど、影響を各所で公言しているし、その番組で共演した小林祐介(THE NOVEMBERS、THE SPELLBOUND)や山中拓也(THE ORAL CIGARETTES)ほか、ロック領域でも影響を受けた音楽家は枚挙に暇がない。また、直接的な繋がりはないだろうが、実験的なビートミュージックの分野における重要人物イヴ・トゥモアなどが近年グラムロック的なスタイルに接近した結果ラルクに通じる音を出すようになっており、似たサウンドを志向する人が今後増えていく可能性も高い。こうした流れをみると、ラルクの音と今の時代との相性の良さは国内・国外の両方で急上昇しているし、ロックの枠を越えて歓迎される下地が着々と整えられ、さらに重要な存在感を示すようになることも十分ありうる。それこそがこの2作で問われた「何処へ向かうか」の解であり、これまで意外と語られる機会がなかったバンドの偉大な達成なのではないかと思う。


『REAL』(2000)


 8thアルバム。『REAL』というタイトルは、自身の歌詞に対するhydeの「現実を見据えた上で夢を語ってる」「諦めてるけど、ひょっとしたらいいことあるかもね」という解釈をもとに決められたものだという。そうしたイメージに対応するかのようにサウンドの方もタフさを増しており、yukihiro作の「get out from the shell」はSOFT BALLETを強く意識、ken作の「THE NEPENTHES」はストーン・テンプル・パイロッツを聴いている頃にリフから出来たという話のとおり、ギターやベースの鳴りはインダストリアルメタルやニューメタルに通じる分厚いものになっている。アルバム全体としてはハードな曲ばかりではなく、ダークな箇所とそうでない箇所の振り幅が大きいのだが、明るい場面でも先述のようなイメージが伴い甘くならないからか、しっかりした統一感がある。そんな本作を象徴する一曲としてhydeが挙げるのが「NEO UNIVERSE」。kenによるデモはハイハットとキックの4つ打ちのみで、それを格好良いと思った岡野ハジメが「これは絶対にスネアがない方がいい」とyukihiroを説得、最後の一発を除き一切入らない完成形に至った。このようなミニマル構成と輝かしくメロディアスな展開を両立した本曲は資生堂のCMに起用され2001年元旦にテレビで最初に放送(21世紀がラルクの曲で幕を開ける)。岡野が「“メガヒットシングルでダンサンブルな曲なのにスネアが入っていない”というのは俺の人生の誇りになりました」というとおりの名曲となった。他の曲も優れたものばかりで、従来のロックンロール路線を推し進めた「Stay Away」「ROUTE 666」、深淵に静かに沈んでいくような展開が恐ろしくも美しいゴシック曲「finale」「a silent letter」、hydeが「ここまで思い切ったラブソングは初めて。アルバムの最後に救いの手を差し伸べた歌詞」という「ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE」など、全編ハイライトと言っていい出来。以前の作品とは異なるタイプの完成度を誇る傑作である。

 こうして各作品をみていくと、「ラルクの音楽性はこうだ」と一言でまとめるのは不可能だが、どんなスタイルをとっても他の何ものでもない印象を生むことができている。この何でもあり活動はBUCK-TICKやLUNA SEAにも通じる「他人と被ったら負け」イズムからくるもので、それを可能にする実力とあわせ、日本の音楽シーンに在り方レベルでの影響を与えている。音楽的達成と商業的成功をここまで両立できたバンドはほとんどいない。本当に偉大で幸せな存在なのだと思う。









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