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ひがんばながさいた


 「さとこー」
 おばあちゃんがよんでいます。庭でおしろい花のくびかざりをつくっていた さとこは、いそいで おばあちゃんのへやにいきました。
 今年 九十才になるおばあちゃんは、もう何年も、ねたきりです。
「なあに、おばあちゃん」
 さとこはがたずねると、おばあちゃんは、
「ひがんばながさいたか、みてきておくれ」
と、いいました。
 すずしくなったとはいっても、まだ ひがんばながさくにははやすぎます。でも、さとこは、もしかしたらとおもい、おばあちゃんにおしえてもらった土手までいってみました。
 土手にも、たんぼのあぜみちにも、風がそよいでいるばかりで ひがんばなはどこにもさいていません。さとこのほうこくをきいても、おばあちゃんは、いつもきまったように
「そうかい、まだかね。でも、もうすぐだろうよ」
と、つぶやくのです。
 おばあちゃんは、そんなにひがんばなの花が好きだったのでしょうか? さとこがたずねようとすると、おばあちゃんはもうスースーとやすらかなねいきをたてていました。
 

 九月なかごろの朝のことです。
 学校にいくまえに おばあちゃんのへやをのぞいたさとこは、
「ひがんばながさいたよ」
 おばあちゃんにこえをかけられました。
「 えっ、おばあちゃん、どうしてわかるの?」
 びっくりしたさとこに、おばあちゃんは、しずかにわらって
「さいたよ。きれいにさいた……」
と、うたうようにいいました。そしてしずかに目をとじました。
 それっきり おばあちゃんは、目をさましませんでした。
 お通夜、おそうしきと、さとこの家は、しずかないそがしさにつつまれました。
 

 のべの送りのとき、さとこは、おいはいをだいて、とうさんのすぐうしろをあるいていました。土手にさしかかったとき、さとこの足がとまりました。土手のりょうわきがあかくそまっています。
「ひがんばな……」
 さとこは、おもわずつぶやきました。
 二日まえまでは、草しかはえていなかったところに、スッスッとみごとにひがんばながさいていました。
「さとこ」
 かあさんがさとこをうながしました。
(ひがんばながおばあちゃんをむかえにきたんだ) 
 さとこの目になみだがあふれました。そのとき、おばあちゃんがほんとうにいなくなったことがわかったのです。そして、ねたきりだったおばあちゃんが、さとこに どんなにかけがえのないものをあたえてくれていたかにもー。
 しゃくりあげる さとこのかたをだいて、かあさんがいいました。
「さとこ、らいねん、いちばんはじめにさく ひがんばなが おばあちゃんかもしれないわね」
 どこまでもつづく ひがんばなのぎょうれつは、おばあちゃんをむかえるように きをつけのしせいで、風にふかれてさいていました。

                        おわり

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