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いつか物語をきかせて



 
森に秋がきました。
 散歩道には、クリの実がはじけておちていました。ドングリも木の葉をゆらしながら、おちてきました。
 ネズミくんはまいごにならないように木に目印をつけながら森にはいっていきました。たちまち小さなふくろはいっぱいになりました。 

 あたりいちめん 秋のにおいがしています。ネズミくんは気持ち良くなって、いっぱいになったふくろをまくらに眠ってしまいました。
 どれくらい眠ったのでしょうか、「グーグー」という音にネズミくんはとびおきました。もうすっかり日がかたむきはじめて、あたりにはしめったにおいがただよっています。
 ネズミくんのとなりで、おんなじようにふくろをまくらにしたクマさんが眠っていました。
 そう ほんとうに大きなクマさんです。
 ネズミくんはびっくりしてクマさんを起こさないように立ち上がりました。
「カサッ」
 ネズミくんが身動きするたびに、身体の下の木の葉が音をたてます。

「もう行くのかい?」
 クマさんが目をさましてしまいました。
「はい。ボクは、とりあえずこれで…」
 ネズミくんは、キーキー声でわけがわからないことを口走りました。大きなクマさんがこわかったのです。 
 でも、しばらく話してみると、クマさんとネズミくんは自分たちがとても話があう友だちになれそうだということに気がつきました。 

 これから冬眠するクマさんは、冬のあいだ、森の木のウロの中でいっしょに生活してくれる仲間をさがしていたのです。
「それ、もしかしたら、ボクでもいいの?」
 ネズミくんは、小さな声で聞きました。
 ネズミくんにしても、これからむかえる寒い季節を一人ぽっちですごしたくなかったのです。
「もちろんだとも。今の今、ここにいっしょにいるのだから、あしたの今もいっしょにいればいい。冬の間中、はちみつをなめながらネズミくんの物語をきかせてもらうよ」
 クマさんは、目をほそくして笑うと、自分のふくろとネズミくんの小さなふくろをもち、ネズミくんを肩にのせて森のおくの自分の家にむかいました。
 一人と一人の道が、今ではふたりいっしょの帰り道でした。

                                                                               

「うーん」

 森の中の木のうろに住んでいるくまさんは、さっきから部屋にとじこもったままです。
木の実とりに行って、友だちになったネズミくんは、なんだかさびしくなって帰ろうかと思っていました。
 木のうろの中は、地下室と二階にわかれていて、地下室はハチミツや木の実やくだものでいっぱいです。二階は、寝室です。ふわふわの落ち葉のクッションが気持ちのいいベッドがあります。家に帰ったとたん、くまさんはついてきたネズミくんをほったらかしにして部屋にとじこもってしまいました。いっしょに遊ぼうと思っていたネズミくんは、つまらなくて涙がでそうな気持ちです。
「うーん」と、大きな声がしました。
くまさんは、手に、小さな板をもって部屋からとびだしてきました。

 木のうろの入り口にかけてある「くまの家」の表札の下に、新しい板をうちつけました。それには「ネズミの家」とかいてあります。
「ほら、これで ぼくたち二人の家だってことがわかるよ」
と、くまさんは、ネズミくんにいいました。
 ネズミくんは、小さい顔をまっかにしてさけびました。
「ここは、ボクの家なの? ボク、ずうっとここにいてもいいの?」
 おもいがけないくまさんの言葉に、ネズミくんはびっくりしてしまいました。
「そうだよ。きみとぼくは、友だちなんだからね。この家のものはなんでも使っていいし、なんでも食べてもいいんだよ。ただ、ぼくは時々、ひとりになりたくなることがあるんだ。ほら、さっきみたいに「うーん」ってうなっている時は、何かを作りたくなっているときなんだ」
と、くまさんはいいました。
 へえーっ、くまさんって芸術家なんだと、ネズミくんは感心してくまさんをみつめました。
くまさんとネズミくんの、森の中での生活がはじまりました。

 

胸がスースー

 森の木のうろの中で、くまさんとネズミくんのふたりの生活がはじまりました。
 それまで街に住んでいたネズミくんは、森の中の生活がめずらしくってたまりません。しめった落ち葉のにおい、やわらかな土のてざわり、なんだか空気までがおいしくて、ネズミくんはくまさんを大声でよぶと、
「ほら、みてよ。ぼく、太ってきたみたい」と、ウエストのあたりをなでてみせました。
「そうか、よかったね」と、くまさんは、また読書にもどってしまいました。
「くまさんって、あんまり驚かないんだね」
「ネズミくんのウエストで驚いてたら、森には住めないよ。森は毎日がふしぎでいっぱいだからね。ほら、たくさんの足音がこっちにむかっているよ。あれは、ウサギではないし……」
 くまさんはくびをかしげました。

「ここだ、やっとつきとめたぞ。ここに『ネズミの家』とかいてあるぞ」という声がしました。
 そのとたん、ネズミくんの顔が青ざめました。
 くまさんが入り口の戸をあけたとたん、ネズミくんそっくりのネズミたちが、ドッとなだれこんできました。
「チューチュータコカイナ」
 くまさんは、すばやく数えました。五ひきです。
 その五ひきのネズミの一番年上のネズミが目の前にたちふさがったくまさんに
「おどしても、こわくなんかないぞ。うちのチビをかえせ。さらっていったのはわかっているんだぞ。森の中まで目印がつけてあったんだ。そこからさきはチビのあしあとは消えてしまった。おまえがゆうかいしたんだ」と、さけびました。
 声がすこしふるえています。
 そのとき、くまさんの足の横からネズミくんが顔をのぞかせました。
「チュータ兄さん、ユーカイなんかじゃないよ。ぼく、くまさんとくらしたくなったんだ」と、ネズミくんはいいました。
 

 くまさんは、五ひきのネズミを家の中にいれると、あったかいハチミツいりのミルクでもてなしました。
 ごかいがとけた兄さんたちは、どうしても帰らないというネズミくんをくまさんにあずけて帰っていきました。
「ひとりぽっちじゃなかったんだね」と、くまさんは、すこしさびしそうな目をしていいました。
「ひとりぼっちじゃないけど、でも、ぼく、街の家に住むことにあきたんだ。森にきて、くまさんと会ったら、もうどうしても いっしょにくらしたくなったんだ。お肉やら、残りもののスープやら、おいしいものがいっぱい食べられても、ぼく、いつも ここの胸のとこがスースーしてたんだ。ここにきたら、それがなくなったんだ。おいしいものを食べるより、ここんところがあったかくなるほうが、ぼく、好きなんだ。それでもここにいたらいけないのかい?」
 ネズミくんの目に、だんだんまるく大きなしずくがふくらんできました。くまさんは、しょうがないなとつぶやくと、ネズミくんにもういっぱい ミルクのおかわりをしてあげました。

 その顔は、ほんのすこしうれしそうでした。                                                      おわり

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