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魔法使いのおばあさんのゆううつな一日

                                                                                  むかしむかし9

 ギックリ腰になってヨーロッパに行けなくなった魔法使いのおばあさんは、はらってもはらっても「ゆううつ」な気分がおしよせてきてうんざりしていました。
「おばあさん、外に出てみませんか?いいお天気ですよ」
 魔法使いの助手のネズミくんが明るい声で、声をかけました。
「ネズミくん、おまえはどうして そんなに元気なんだい。すこしは病人のことも考えたらどうなんだい」
「だって、おばあさん、もうギックリ腰から一週間ですよ。すこし歩く練習を始めなければ……」
「おまえはなんにも知らないんだね。わたしがじっとしてるのが好きだとでもいうのかい。まだ動けないんだよ。今朝もやってみたんだけど、まだだめなんだよ」
「だって、おばあさん、どうして魔法をつかわないんですか。ホーキにここまできてもらったらいいじゃないですか」
「ネズミくん、それができたら、こんなところで ゆううつな気分とつきあってはいないよ。ホーキにのっても、つかまっていられると思うのかい。ふりおとされてしまうよ」
 「ギックリ腰って、不便なものなんですね」と、ネズミくんはきのどくそうにいうと、では、私はひとりで散歩に行ってきます」と、行ってしまいました。
「ネズミくん、ほんとに行っちゃったんじゃないだろ。動けない私をひとりぽっちにするほど、おまえはひどいネズミじゃないだろ」 
 でも、ベッドの横にある窓からは、小さなネズミくんがうれしそうにスキップしながら歩いていくのが見えました。
「なんていうネズミだろう。恩知らず!飼い犬に手をかまれるっていうけど、これじゃ、飼いネズミに足をけっとばされるっていうもんだよ」
 魔法使いのおばあさんは、さんざん大声でネズミの悪口をいいましたが、聞いている人もいないのだと思うと又、気がふさいできました。
 どれぐらいたったでしょうか。トントンとドアをノックする音がします。
「だれだい。用事があるのなら、ドアはあいているんだから勝手におはいり」
 おばあさんがいったとたん、ドアがするりとあいて、小さな男の子が顔をだしました。耳の大きな目の細いキリリとひきしまった口をしたかわいい男の子です。おばあさんは、ちょうど たいくつしていたので、手招きをして男の子をベッドのそばのいすにかけさせました。
「さあ、なんのようだい?」
「用事はないんだけど、森に遊びにきたら、帰る道がわからなくなったの」
「それじゃ、迷子じゃないか」
「そう」
「そうって。こまったね。今、この家にはだれもいないんだよ。まあ、もうすこし、ここでおしゃべりしておいき。そのうち、ネズミくんも帰ってくるだろうよ」
「ありがとう。でも、ぼく、そんなにゆっくりしてはいられないんだ。今、二時だろ。三時になったら塾にいかなきゃならないんだ。それまでにお母さんにたのまれた買い物もしなければならないし……」
 男の子はこまった顔でおばあさんをみあげました。
「そんなことを言っても、ここにはおまえを森の出口まで連れて行くものがだれもいないのだから、しかたないだろ」
「おばあさんがいるじゃないですか」
 男の子はふしぎそうにいいました。
「私?私はだめさ。今、歩けないんだよ」
 おばあさんは情けなさそうにいいました。
「わぁーん」
 突然、男の子は火のついたように泣き出しました。
 お母さんとの約束の時間に遅れると、家にいれてもらえないのだそうです。 
 困ったことになりました。
 知らない人が通りかかったら、魔法使いのおばあさんが男の子をいじめているようではありませんか。
 おばあさんはチッと舌打ちをすると、魔法のホーキを呼び寄せました。
「いいかい、この子を森の入り口までおくるんだ。何を言われても寄り道するんじゃないよ。送ったら、さっさと帰っておいで」
「ヒャッホー!!」
 おばあさんがギックリ腰になって以来、どこにも行けずに運動不足になっていたホーキは、魔法のホーキで空をとべる男の子と歓声をあげてとびだしました。
 
 
 ホーキは、三十分たっても帰ってきません。
 そろそろ一時間になろうとするころ、男の子を乗せたままヘロヘロになって帰ってきました。
「どういうことだい。この子はどうして置いてこなかったんだい。おまえは、役たたずのホーキだね。燃やしてしまうよ」
 魔法使いのおばあさんは、ベッドの上で顔を真っ赤にしておこりました。
「でも、おばあさん、この子はとぶのが面白いっておりないんですよ。おろそうとすると、サイレンみたいな声でなきだすし、おばあさんが私でも、この子をおいてくることはできないですよ」
と、ホーキは、もうしわけなさそうにいいました。
 男の子は、細い目をキラキラさせて「もういっかい」と、ホーキの上からおりようとしません。柔らかい髪が風にみだれて大きな耳がのぞいていました。

 それで、魔法使いのおばあさんは帰ってこないネズミくんのことを思い出しました。
「ったく、今日はなんていう日だろう。出ていったものはいつまでも帰ってこないし、帰ってほしいものはいつまでもいるし……」
 舌打ちをしたおばあさんは、しかたなくベッドからおりると、
「ホーキくん。私をのせられるかためしてごらん。私はじまんじゃないけど、ギックリ腰なんだよ。そっとだよ。痛くはないけど、痛いようなきがするよ。そう、そう。いいようだね。じゃ、男の子、おまえだよ。私の前にのるんだ。おまえがかじをとるんだよ。森の入り口、方向はわかっているんだろ」
「わかってるよ。もちろん」
 男の子はうれしそうに叫びました。その声がうらがえっていました。
「ダイカツーホ、マハシワ!」
 おばあさんが叫ぶと、魔法使いのホーキがうれしそうにとびあがりました。一瞬、バランスをくずしそうになって、おばあさんは腰に力をいれましたが、だいじょうぶです。もうすっかりよくなっていました。あまり動かなかったもので、臆病になっていたのでしょう。
 ホーキは、森の緑の上をとんでいきます。
 風のにおいが身体中をつつみます。さっきまで家の中でぐちっていたのがうそのようです。 
 ホーキは、森をあっというまに通り過ぎ、町を下に見てとんでいます。そのことに気がついたおばあさんは、
「特別サービス。おまえの家まで連れていってやろう」
といいました。
 おばあさんの前にすわっている男の子が肩をふるわせて笑っています。その声がネズミくんのようです。
「おまえ、だましたね」
 魔法使いのおばあさんは、おこってはみたものの、空のうえではネズミくんを落とすわけにもいきません。それに久しぶりの空の散歩はもうそんなことも どうでもいいほど、快適だったのです。
「おばあさん、ギックリ腰はなおりましたね」
 ネズミくんは、うれしそうに叫びました。
「おかげでね」
 魔法使いのおばあさんも叫びかえしました。
 いつのまにかネズミにもどったネズミくんと魔法使いのおばあさんは、家にむかって猛スピードです。
 ホーキは、やれやれ、今日は人使いのあらい一日だ、と思いながらとんでいました。

                         おわり


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