見出し画像

月見草のおもいで


 ざわめいていた会場が、幕があがったとたん、シーンと、しずまりかえりました。
 バレー「森のなかま」のはじまりです。
 しろいくもがながれて、森の動物たちがでてきました。音楽がひときわ大きくなり、しろいドレスをきた少女が おどりながらやってきました。
 会場から、大きなはくしゅがおこりました。
 一番前にすわっていた さとしの目が、まんまるくなりました。そして、
「うっそだー」
と、つぶやいて、シッと、となりの子にしかられてしまいました。
 第一幕がすむと、その少女は、ひっこんでしまいました。つぎからつぎに あたらしいおんなの子が登場します。でも、、もう さとしの目には何もみえません。
 あの子です。
 いちばんはじめにおどった少女は、幼稚園のとき、とおい町にこしていった ゆかちゃんです。あの大きな目は、わすれられるものではありません。
 舞台は、あっというまにおわってしまいました。さとしは、まっすぐ楽屋へいきました。
 

 いました。少女は、しろいドレスのまま、みんなのあいだをうれしそうに とびまわっていました。
「きみ、ぼくだよ。ほら、小さいころ、いっしょにあそんだだろ? 北林さとしさ」
 少女は、大きな目をもっと大きくして、さとしをみつめていましたが、だまって くびをよこにふりました。
「きみ、幼稚園のさくらぐみのとき、ひっこしていっただろ。ぼく、ずっと わすれなかったんだ。きみ、この町にすんでたの わすれたのかい?」
 さとしは、かなしそうに少女をみつめました。
「ずっとまえ、すんでたことがあるって、ママがいってたわ。でも、私 おぼえてないの。だって、あんまり むかしのことなんだもの」
 少女はつぶやくと、ひらりと身をひるがえして かけていってしまいました。
 むかしのことだって つい3年前のことなのに……。
 そとは、もう夕暮れでした。道ばたに……、今ひらいたばかりの月見草がさいていました。
 

 月見草……。
 この花をみたら、きっとあの子は、おもいだす。ゆうがたになると、いつのまにか さいているこの花がふしぎで、ふたりで野原のまんなかにすわって、今か今かと花のさくのをまったものでした。
 さとしが花をつもうと手をのばしかけたとき、月見草がゆれて 花のなかで小さな女の人がほほえんでいるのがみえました。
「さとしくん、そんなことをしてもおなじよ。あの子は、いそがしすぎたのよ。あの子にとって この何年間は、とても苦しい毎日だったのよ。今のバレー団でトップでおどることは、たいへんなことなの。あの子は いそがしすぎたのよ。あの子は、足のさきから 血をながしながら がんばったわ。だから、さとしくんとあそんだことは あの子にとって ずいぶん むかしのことなの。それをせめたら、かわいそうだわ」
「でも、ぼく……」
 さとしは口ごもりました。
「さとしくん、おもいではポケットにしまいなさい。心のポケットにね。人は、そんなおもいでを いくつもいくつもむねにしまって、大きくなるのよ。だから」
 さとしの目に、月見草の花がにじんでみえました。
 たちあがったとき、さとしは、さっきまでのじぶんより、ほんのすこし大きくなったようなきがしました。

   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?