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魔法のしごと ひきうけます

          むかしむかし4

  魔法つかいのおばあさんと助手のネズミくんは、長い冬眠生活を終えて外にでてみました。
 そとはもうすっかり春でした。
 枯れ草のあいだから緑のはっぱがかおをだし、木の芽もふくらんでいました。
「きもちのいい朝ですね。」
 ネズミくんがうれしそうにいいました。それからすこし 足をひきずっている魔法つかいをきのどくそうにみやりながら、
「魔法つかいも、ふべんなものですねぇ、シンケーツーをなおせないんですから……。」
といいました。
 この冬の寒さで魔法つかいのおばあさんの足は、シンケーツーになってしまいました。
「これは、私のじびょうだからね、ながいあいだのつきあいだから、これくらいは がまんしてやらないとね。」
 魔法つかいのおばあさんは、いかにも なんでもないことのようにいいました。それで、ネズミはあれはあれで なにかいいことがあるものなのかもしれない……と、じぶんに じびょうのないことをすこし ざんねんにおもいました。
 森のはずれまできたときです。村につうじる一本の道があり、そこからすこしはなれたところに男の人がいました。手に一本のロープをもって あたりをきょろきょろとみまわしています。そして、じぶんよりもはるかに高い木にむかって、いっしょうけんめいロープをなげはじめました。そのうち、やっと一番下のえだにひっかかりました。そうするうちに 反対側にある木にもロープをひっかけました。
「あのひと、なにをしているんですか?」
 ネズミくんが ふあんそうにききました。
「なわとびだろ。いい大人がなにをやってるんだろうね。さあ、行くよ。」
 魔法つかいのおばあさんがいったときです。
 つりあげたロープめがけてピョンピョンとんでいた男の人が、魔法つかいのおばあさんたちに きがついて声をかけてきました。
「あの すみませんが おてつだいしてくれませんか?」
「いいですよ。でも、なにをしたらいいんですか?」
 魔法つかいのおばあさんが断るまえに、ネズミくんがひきうけてしまいました。ながいあいだ おばあさんとのふたりぐらしで 人こいしかったのです。
「かんたんなことなんですが、ひとりではどうもね。」
 男の人はほっとしたように いいました。
「この石をぼくがいいといったら、けとばしてほしいんです。」
男の人はどこからか みつけてきた石のうえにのっていいました。おまけにこんどは、さっきよりもひくくたらしたロープにくびをかけています。ネズミは、ふるえながら、
「お、おば、おばあさん、あ、あの人……。」
 魔法つかいのおばあさんのそでをひっぱりました。
「やっておやりよ。あたしゃ いやだよ。」
 おばあさんは、スタスタとあるきはじめました。
「やっておやりって。」 
 ネズミは、あわてて 魔法つかいのおばあさんをひきとめました。
「わかってるよ。だけど、あの人がそうしたいんならしかたないじゃないか。」
「だって、おばあさん 魔法つかいでしょ。魔法つかいなら、なんとか たすけてあげられるでしょ?」
「だめだね、私にはその石をけっとばすだけのちからはないよ。あー、こんなところで ぐずぐずしてたら、神経つうがいたくなってきたよ。」
 二人の話をきいていた男の人が、いそいでとんできました。
「魔法つかいですって? いま たしかにそういいましたよね。ぼく、まえからいちど あってみたいなっておもっていたんです。ほら、まちはずれの木に、『魔法のしごと ひきうけます』って でていたでしょ?」
「あっそれ、ボクです。ボクがはりました。」
 ネズミくんは、キーキーごえでいいました。
「そうですか。あれをみたとき、行ってみようかなとおもったんですが だれかのいたずらかもしれないとおもって やめたんです。そうですか、あなたが、魔法つかいですか?」
 あこがれの目でみられて おばあさんは、くすぐったそうな かおをしています。そこまでいわれては そうだんにのらないわけにはいきません。
 三人はひだまりをみつけると そこにすわりました。

 男の人は魔法つかいのおばあさんに うながされて 話しはじめました。
「ぼくには 運がないんです。うまくいくかとおもうと、かならず 足をすくわれます。信用していたともだちにはうらぎられ、会社のお金をもちにげされました。おまけにすきだった人が じつは、ぼくの友人をすきだったということもわかって。そいつとなかよくなりたいばかりに、ぼくにちかづいたというわけです。これで 死にたくなったのもわかってもらえるでしょう。」
 青年は、ためいきをつきました。
 ネズミくんが「そんなの、ヒドイ!」と、おこりだしました。
「そうだね、それは ひどいね、なんとかしないといけないね。」
 魔法つかいのおばあさんは、ことばとははんたいに のんびりといいました。
「まず、お金をもちにげした ともだちだちだね。みつけだして、やつざきにするか。魔法にいいやりかたがのっているから、けんきゅうしてみるよ。それから、あんたを利用しょうとした女の子だね、そういう じぶんのことしか 考えない女には、ガマガエルにでもなってもらうかね、うん、それしかないね。」
 魔法つかいのおばあさんは じしんたっぷりにいいました。
 話をきいているネズミくんのかおが、だんだん きんちょうしてきました。いよいよ、魔法つかいの助手も いそがしくなりそうです。
「そうですか、そんなことができるんですか。それじゃ しんでるひまはありませんね。そのためには、にげているともだちをさがしださなきゃいけませんね。これは、いそがしくなってしまった。でも…そうですね、やつざきは、いくらなんでもね、お金がもどればいいんですから ゆるしてやりますよ。あいつ、じつは 病気のおふくろさんがいるんですよ。ぼくなんて、ひとりですからね、きらくなものですよ。そう……、あのこだって、ほんとうは、ぼくがかってに すきになっただけで 彼女ははじめから ぼくのことなんか なんとも おもっていなかったし、利用するつもりもなかったのかもしれない。魔法つかいのおばあさん、ガマガエルにするのは やっぱりかわいそうだよ。」
 青年は木にむすびつけてあったロープをほどくと、いってしまいました。
「おばあさん、死にたいといっていた人が、ずいぶん 元気にかえっていきますよ。」
 ネズミくんはわけがわからないといったかおで、はしっていく青年をみていました。
「そうだね、こんどこそ、魔法がつかえそうだとおもったのに、ざんねんだったね。」
 魔法つかいのおばあさんは、あんまり ざんねんそうなかおもしないでいいました。それから、
「きっと、じぶんよりも、もっとかわいそうな人たちがいることにきがついて、たすけてやりたくなったんだよ。」
といいました。
「あのこは、きっと、しあわせになるよ。じぶんではきがついていないけど、まわりの人を幸せにしてあげることで、じぶんも幸せになれる人なんだよ。いつかきっと、そのことに気がつく日があるとおもうよ。」
 魔法つかいのおばあさんは、しみじみとした口調でいうと、
「つかれたから、帰りはとんでかえるとしますか。」
と、助手のネズミをふりかえりました。
 魔法つかいのおばあさんのかおは、言葉とははんたいに いきいきしていました。
 助手のネズミは、魔法つかいのおばあさんも、人を幸せにすることで、幸せになれる人なのかもしれないな……と、おもっていました。
 魔法つかいのおばあさんがさっと右手をあげると、竹ボーキがとんできました。
 家にかえる道にある大きな木のみきに、ネズミのはった『なんでもそうだん、ひきうけます』の紙が風にふかれていました。
 魔法つかいのおばあさんも助手のネズミも、「きようも、魔法はつかえなかった。」とおもっていました。でも、ふしぎに 二人とも みちたりたきぶんでした。                          


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