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「Bye Bye My Love(U are the one)」5

【第13話】 

木村くんからの電話があったのは最後に会ってから10日後。
それまではメールを送っても返って来なかったり、着ても、ごく短いものだった。


「いろいろごたごたしてて。今度の土曜も、すみません。伺えません。」


受話器から聞こえてくる木村くんの声は疲れ果てていて、いつもと全く違う。


「いいのよ、気にしないで。」


いたわるように声を掛ける。
すると、少し間を置いて、深いため息と共に彼が私の名を呼んだ。


「・・・・・春香さん。」


全体重を預けてもたれかかってくるような声に、ドギマギする。


「どうしたの?大丈夫?」


木村くんは、なぜか黙って話さない。


「ごはん、ちゃんと食べてるの?」

「食べてない。」


子どものように甘えた声。


「ダメじゃない?」


うちにいらっしゃい・・・と言いかけて言葉を止めた。


彼が何かを話したがっている。
きっと、上島常務や彼女との話だ。
でもそれは誰にも話せない話。
常務の逮捕以来、彼には極度のストレスがかかっているに違いない。
今やっと彼は緊張を解き、肩の力を抜いたのだ。
私の名を呼んで・・・。


「木村くん、あんまり無理しちゃダメよ?」

「・・・・うん。」


母親と子どものような会話を繰り返し、


「ちょっと元気になった。」

「そう、よかった!
だって、最初、すごく暗い声だったもん。」

「春香さんと話してると、なんでだろう?元気になれたよ。」


自分が彼の力になれたのが嬉しかった。
でも、何か変だ。
婚約者の彼女は?
彼女は木村くんに安らぎを与えないの?
どうして私なの?
おかしい。
なぜ、それで結婚するの?


【第14話】 

ワシントン支社への主人の異動が正式に発表された。

一週間後に赴任するという時期になって、


「お前達は日本に残れ。
アメリカには俺、一人で行くよ。」


突然の主人の言葉に驚いた。
戸惑い、おろおろする私に


「せいぜいが2年だよ。
ちなつの学校のこともあるし。
・・・お前も、その方がいいだろう?」


そう言って、主人が私の瞳をのぞき込んだ。
一瞬・・・、私の胸の奥にいる木村くんの姿を見透かされた気がしてギクリとした。


単身赴任の理由は、昨今の経費削減で、アメリカ現地での社宅が
今までどおりの広さを確保できなくなったからのようだ。

多少狭い部屋でも家族いっしょに暮らしたい・・・。
そう願っているのに、つい、何も言えなかった。
今、日本を・・・木村くんの側を離れるのは、つらい。


翌日、お昼休みの時間に木村くんが電話をくれた。


「いよいよ、ですね。」

「それがね・・・」


単身赴任になるかもしれないと言うと、木村くんの声が明るくなった。


「森内課長には悪いけど・・・、ちなつちゃんも転校はかわいそうだし、ね?」


まぁ、前は「アメリカで暮らすことは、ちなつちゃんにとって貴重な体験になりますよ!」
なんて言ってたのに・・・。


「ああ、やっぱり春香さんと話してると気分が落ち着くな。
また、あのオムライス食べに行きたいな。
行きましょうよ。今度。」

「彼女と・・・上島さんと行ってごらんなさいよ。
彼女にもご馳走してあげたら?」


言ってしまってから、しまった、と思った。
悪気があったわけではなかったが、ずいぶんトゲトゲした物言いになってしまった。
木村くんも急に黙ってしまった。


「・・・おいしいオムライスだしね。ぜひ彼女にも・・・」

「行きますよ。彼女ともね。そのうち。」


私の言葉をさえぎるように言い、


「結婚しますし。僕ら。」


何かに意地になってるような口調で続けた。

ちょっと待って。
何か変よ。
結婚って言葉は、そんなふうに口にするものじゃないはずよ?


「結婚・・・、本当にするの?
よく考えた?
今なら、まだ間に合うのよ?」


ついに、心の奥に溜まっていた言葉を伝えてしまった。
すると彼は、少し間を置き、


「・・・・・そんなこと言って。
じゃあ、僕が彼女との結婚をやめたら、
春香さん、責任取ってくれるんですか?」

「え?どういう意味?
責任って・・・。そんなの取れるわけないわよ。」


詰め寄られるような気迫にうろたえる。
彼はため息をつき、少し笑った。


「そうでしょう?
なら、黙ってて下さいよ。
干渉しないで下さいよ。
結局、あなたもみんなと同じですか?
俺のこと、何もわかってないくせに・・・。」


感情に任せた言葉を矢継ぎ早に放つ。
最後は悔しげな小声になった。


「そんなこと・・・そんなこと言ってないじゃない?!」

「言ったじゃないですか!
結局・・・同じですよ。最低だ。  切ります。」


唐突に切られた電話を握り締め、呆然として立ち尽くした。
胸の中に大切にしていたクリスタルのガラスに、ひびが入り割れる。
あたたかなぬくもりを感じていたはずなのに・・・
今は氷のように冷たいガラスが胸に重く、苦しいのは何故なんだろう。


【第15話】 

一方的に切られた電話のあった翌日から
雨が続いた。

どっさりある洗濯物が乾かないストレス。
部屋干しも、うっとうしい。
晴れない天気と気分・・・。
その上、生理痛。

先日の私の棘(とげ)のある言葉は、生理前の気分の波が原因かと思うと
いっそう気が滅入った。


彼は私にとって、大事な存在で・・・
想うだけで心が温かくなる人。

そして、彼も私を頼りにしてくれていて・・・

ささやかな、このちいさなぬくもりを壊さぬよう
手のひらで大切に守ってきたはずなのに。

・・・悔いては、涙がこぼれた。


が、一方で、彼の態度を許せない自分もいた。
あの時の彼の言葉は・・・あまりにも、子どもっぽい・・・。


彼からの電話を待ったが、何も連絡はなかった。

三日後の金曜の昼に電話が鳴り、飛び上がるほど驚いた。
震える手で受話器を取ったが、それは美香子からの電話だった。


「なによぉ?誰からだと思ったの?
あからさまにため息つかないでよ。」


カラリとした笑い声を立て、それから、ため息の理由を聞いてくれた。


「なるほどねぇ・・・。
でも、それは、アレよ。彼だって自分を恥じてるわよ。絶対。」


美香子の言葉は、いつも自信にあふれている。
なぜか説得力があり、私の気持ちをなだめてくれる。


「結局、あんたに甘えてるのよ。
電話してこないのは、できないと思ってるからじゃないの?
連絡が欲しいなら、少し折れてごらんよ。」


こちらから折れる筋合いはない、と意固地になっているのにも疲れた。
陰鬱な気持ちに負け、携帯にメールを入れた。


ーーーーこの前は気分を悪くさせてしまって、ごめんなさい・・・


すると、すぐに返信が届いた。
簡潔ながら、誠意のこもった言葉で謝ってくれていた。
美香子の言うように、木村くんは自分の短気さを恥じ、私に嫌われたと思い込んでいた。

心から安堵した。
彼は、やはり彼だった。

突然、豹変した態度に驚いたが、
木村くんは、悪い子じゃない。

そこまで精神的に追い詰められていた彼を包んであげられない私の方がどうかしていた。
もっと、気遣ってあげるべきだった・・・。

すぐさま、もう一度メールを送ったが、その返事は来なかった。
電話をかけて来てくれるのかと期待したが、なかった。
忙しいのだろう、と自分を納得させたが、胸は正直にチクチクと痛んだ。


週末の土曜、
11時になっても木村くんは我が家を訪れて来なかった。
連絡もなく英会話のレッスンを休んだことは、これまで一度もなかったのに。

遅く起き、パジャマ姿のままでリビングに入ってきた主人に問うと、


「ああ? もう習う必要ないじゃないか。
お前はアメリカへ行かないんだしさ。
木村には昨日、俺が断っておいたよ。」


こともなげに言い、


「早くメシにしてくれ。
昼から、少し会社に行って来る。」


洗面所へと向かって行った。

土曜には会えると期待していた自分の愚かさが憎らしかった。
花を飾ったテーブルの上についた手の指先のマニキュアが無意味に光っていた。
いつもより上手に塗れたのが悔しかった。

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2002年に書いたサザンの曲を基にしたオリジナルの物語です。

全18話。

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