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本来の性格をようやく見つけて、取り戻すことに決めた日


自分の性格を勘違いしていたよ!を書きたいなーと思ってからはや数週間。しっくりくる言葉が見つからず、なにより試行錯誤にやや飽きました。

まとまってないけど、補完して読んでもらえると嬉しいです。

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会社で「初志貫徹」「締め切りは死守したい」「忍耐」「計画的」「相手の気持ち第一」みたいなイメージを持たれているのですが、子どもの頃の性格は真逆。

「気分屋」「締め切りは気にしたことなどない」「たいへん大雑把」「突発即対応が得意」「他人の評価は気にならない」「本心しか言わない」「自由かつ適当」だったみたいです。

それが成長するに従い自分なりの改善を重ねていまの性格になったっぽい。元は人を振り回す性格なので、まあ良かったのかなと思います。

たぶん20年近くかけて作った、他人と付き合うためにつけた仮面です。前にツイッターにも書いていたんですが、少しずつ長年つけてきたせいで正直自分では仮面があるなんて気がついてない。

自分のコンセプトを考えたときに、なんか違和感があったんですよね。素敵なコンセプトなのに、「素敵な他人を見ているかのよう」。わたしではない、ような気がする。でも他人から見た私には近い気がする。

謎が解けました。
仮面をつけて秋谷さんにつけてもらったコンセプトだったからでした。他人から言われてどう思うか?という質問自体ピンと来なかったのも、「他人の気持ちは気にならない」から。周りの私の評価は、その人はそう思うんだなって思う程度です。好意ならありがたく受けとる。悪意でも「そっかー」としか思わない。

でも「なにか言われても気にしないのは自分が全部正しくて偉いって思ってるんでしょ」とこどもの頃言われたのはたしか結構響きました。

これを言ったその子泣いてたしな。彼女は私を攻撃したのにほかの女の子と同じような反応をしてくれなく、思い通りにならなくてパニックになってたらしいです(ご本人の親御さん談)。泣いてはいなかったけど私も動揺しました。別に自分が正しくも偉いとも思ってないから。

そこから少しずつ、自分の行動により他人の気持ちがどうなるか考えるようになりました。たぶん気がつかないうちに、過剰に。

「他人をよく見て気持ちのパターンを見つけて、理解しなくては」「ぶれない人間にならなくては」「締め切りは必ず守らなくては」「飽きず完結させなくては」「まともな人間にならなくては」

自分はなにしてもダメっぽいので、とにかく改善しなきゃ、一般化と思っていたんですね。しなきゃいけないこと、たくさんあった。

でもね、20年かけてわかった。性格、変わらない。無理やりなんとかしてもストレスがやばい。ストレスがやばいとなんだかんだほころびが出る。迷惑がかかる。

同じ迷惑なら、元の自由な性格のほうがいいんじゃない?と言ってくれた友だちがいます。その子は大人になってからの友だちで、まあその子も自由です。気分屋なのは切り替えが早いから、判断力があるから。本心しかいわないのはいいところ。改善した性格も、至った経緯も、そのときの気持ちも全部含めてTähtiじゃん、全部いいじゃんと言われて、なんだか肩から重たいものが降りた気持ちになっています。

彼女がいてくれたから、重たい仮面も悪いものじゃない、ずいぶん助けてもらったし、このまま付き合っていってもいい気がしてきました。本人にこのnoteを伝えることはきっとないけど、ひとまず次会ったらスタバの桃を一緒に飲みたいと思う。

追記:スタバの桃じゃなくてカレーにしようと言われてカレーにしました🍛

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