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HAVFRUE (1)

私が生まれたのは、嵐がよく訪れる町だった。

町を襲う嵐は毎回凄まじく、そのたびに家のどこかが
壊れるのはもう当たり前のことになっていた。


私の父は航海士だった。
私がまだ幼い頃、仕事中の突然の嵐に襲われて亡くなった。
あの日の嵐は本当に突然だった。
今までで一番、誰も予想できなかった嵐だったと、祖母は言っていた。
私は母に手を引かれながら、父の葬儀に参列している間中、
「海の王様が、父に何か特別な用があって連れて行っただけ。きっとすぐ帰ってくる」と思うことで涙を堪えていた。
心のどこかでは、そんな訳ない、父はもう帰ってこないのだとわかっていながら。

「またベランダの扉壊れちゃってる。晴帆(はるほ)。物置から修理セット取ってきてくれる?」

昨日は外に一歩も出られない程の嵐だった。
嵐が去った後の今日の町は、父が海に攫われたあの日の空気によく似ていて、
いつもより鮮明にその時の記憶を思い出してしまった。

母に頼まれ、いつも使っている修理セットを物置まで取りに行く。
私たちがこの町で生きていくために必要な、大切な物達を閉まっている
物置はなるべく嵐の被害に合わないよう、この家の車庫の一番奥に置かれている。
物置を開けて、いつものように修理セットが入っているリュックを取り出す。
前回使った時にリュックのチャックがちゃんと閉まっていなかったのか、
リュックの中からドライバーが落ちてしまった。

ドライバーを拾い上げようと屈むと、物置の下から紙のようなものが顔を出しているのが見えた。
気になったので物置の下を覗き、引っ張り出してみると、砂まみれになった1枚の古い封筒が出て来た。

封筒を開け、中を確認してみると1枚の写真が入っていた。

「お母さん。修理セット持ってきたよ」
「ありがとう。遅かったけど、車庫はなんともなかった?ベランダは前と同じ壊れ方だったから、お母さん1人で直せそうよ。」
「車庫はなんともなかったよ。ほんとに、じゃ私部屋に居るから、何か手伝うことがあったら呼んでね」
「ありがとう」


あの写真のことを母に聞くのはもう少し自分で調べてみてからにしよう。
そうしたほうがいい。まだ頭が追い付いてきていない。どういうこと?
まずは頭で冷静に理解することが最優先だ。
しかし、いきなりあんな写真を見てしまったら
誰だってどうすればいいかわからなくなるはず。普通の反応だ。
そもそも、こんな状況を経験したことがある人なんて私以外にいるのだろうか。












まさか父が人魚だったなんてー。





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