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音楽の魂について:「ジャズ・ロフト」と「サマー・オブ・ソウル」をめぐって

 下高井戸シネマでこの夜、「ジャズ・ロフト」と「サマー・オブ・ソウル」をみた。この感動は筆舌に尽くしがたい。しかしあふれる感興に身を任せて体験を記してみた。追って資料を参照しながら、さらに深掘りしたいが、まずはこの小論で映画の上映に感謝をささげたい。おそらくこの確信が、自分の今後の人生にとこしえに火をともしてくれるだろうから。


 ジョニー・デップがなぜ映画『MINAMATA-ミナマタ-』でユージン・スミスを演じることにこだわったのか、なぜユージンは撮影を即興になぞらえたのか。その3年前に発表されたこの映画を見なければ決して共感できなかっただろう。伝説的な報道カメラマンの彼はキャリアの絶頂期に郊外の邸宅を捨ててニューヨークのマンハッタンにあるロフトに移り住む。

 ああ、こうして書き始めるときりがない!65年に大家と喧嘩して追い出されるまで、ユージンは録音機材を部屋中にはりめぐらして、カメラのシャッターを常にきりつづけて、自分の人生を記録しようとした。途方もない欲望はロフト内で連日連夜演奏されるジャズの、4000時間もの録音と、4万枚に届く写真をのこした。本作はそれらを、当時を知る証言とともに、ジャズのように実にテンポ良くかつ奔放に編集した労作である。
 スウィング、ビバップ、そして、フリージャズ。フリージャズに魂を売った人々は、ユージンもふくめ、薬漬けになってしまった。ユージンが掲示したポープの箴言が重く響く:”So vast is art, so narrow human wit.(なんと芸術は広大で、なんと人間の知は狭隘なことか!)。個人的には、Steve ReichがHall Overtonにレッスンを受けていた人脈に瞠目した。



 さて、ユージンが意を決して水俣に赴く前年の1969年夏、同州ハーレムでは、黒人の黒人による黒人のためのフェスティヴァルが6週間にわたって開催された。
 どう言えばこのイヴェントの偉大さが伝わるだろう?19歳のStevie Wonderが既に築いたキャリアをさらに革新させたこと、BB KINGがキング牧師の暗殺前に演奏される予定だったゴスペルを伴奏したこと、5th Dimentionがミュージカル”hair”で歌った”Aquarius/ Let the Sunshine In”を披露したこと(自分はここで涙がとまらなかった)、”Happy Day”に、”My Girl”に、”The Watermelon man”… The Sly and the Family Stoneが、Nine Simoneが、The Staple Singersが…!
 ケネディ兄弟とキング牧師とマルコムXが相次いで凶弾にたおれた60年代。フェスの最中に月面着陸のニュースが大陸を沸き立たせたが、黒人たちはこのフェスに生き死と未来を賭けていた。宇宙飛行とヴェトナム戦争に天文学的なコストをかけて、ますます黒人たちの存否があやぶまれていたからだった。それでもアフリカ系、ラテン系を問わず、会場には5万人もの黒人の観客が公園に文字どおり押しよせ、自分たちのトラウマを克服し、自尊心を確保することができた。”Black Is Beautiful”の標語が、黒白にまつわる固定観念をくつがえし、アフロヘアーやアフリカ系の民族衣装をはやらせ、多くのアイドルをうんだ。
 しかし、50年間の長きに亘って、記録はなかったことにされた。160kmはなれたウッドストックのフェスティヴァルが参照され続けたにもかかわらず、かれらのソウルは牢にいれられていた。
 ラスキンがプロテスタンティズムの芸術を唾棄するなら、この映画をみせればよい。宗教に基づいた芸術が創造性を惹起して共同体に「変えられないことを受け入れる平常心を、変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものをわきまえる智慧をお与えてください。」と祈りたらしめた。
 知恵熱がおさまらない。ユージンが気の狂うような正確さで固執した記録というものがもつ魔力、あるいはアウラに圧倒された。

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