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アイスの作り方

 思ってたんと違う。そんなことはよくある。
 
 勤めている建築会社の、ビルの高いところで会議があった。役職つきのおじさんたちに一人混じって聞いている。なんでそんなところに自分がいるのかと聞かれれば、雑用係だからだ。
 
 偉い人と同じテーブルに就くのもなんだから、と思って端っこに控えていたら
「ハイ君はパソコンの前に座る!当事者なの!仕事あるの!」と言われてしまった。
 資料を作り、部屋を用意してモニターをつなぐ。そういう立場。
 
 扱っている物件は多岐にわたる。宗教施設もあれば刑務所もある。大規模な個人邸があり、工場とか駅の再開発とか、これだけあればどこもかしこもスムーズになんて行くはずがなく、おじさんたちは工事が遅れあるいは難航している場所の話をする。
 
 とある製菓会社の工場が話題に出た。資料に目を落としながら一人が言う。
 
「ここの会社からは追加工事を受けたんですね」
 
 偉い人が答える。
 
「アイスの製造方法を変えたんですって。だからウチにとってはよかったの。それで追加の仕事もらえたの」

「なに作ってるんです?」

「(庶民的なアイスの商品名)」

「あ、オレそれ大好き」
 
 50を超えたおじさんたちが明るく笑う。おいしいお菓子はみんな好きだ。
 
 アイスの製造方法が変わると、工場を建てる必要があるのか。なんだか大規模な改革だったらしいな。いつも食べているアイスの味が変わったら、それは工場が新築されたせいかもしれません。
 
 お菓子が変わると建築業界がもうかる。風が吹けば桶屋的ななにかを感じる。世界はつながってるね。
 
 おじさんたちはよそのお菓子について言いたいことがあるらしく

「最近えびせん高くなったよね。オレあれ好きでよく食べてるんだけどさあ」

「わかります、わたしもポテチ食べてるから。あれ、じゃがりこの工場の隣にあるのよね」
 
 世間話についていけない。最初から話の輪に入ることもないが、それにしてもえびせんって値上がりしてたんだ。知らなかった。ポテチとじゃがりこの工場って並んでるのか。どっちもじゃがいもを使うという理屈はわかるけど、そこから「工場が隣同士」ってことまで想像がつくかって、つかない。 
 
 おじさんたちは誰もが、現場でしばかれたあとに責任者を経験し、いろんな物件を渡り歩いてきている。出世コースに乗る人はみんなそうだ。とりわけ20代なんていうのは、多くが現場でしばき上げられる。自分が現場にいないで本社事務をしているのはつまりそういうことで、この人たちみたいに役付きになる未来はないだろう。
 
 手元の資料には、どの現場を誰が担当しているかも書かれている。
 
「こいつは優秀だから、できたら総合職にしたい」
「佐藤だっけ?」
「神山」
「すごく積極的で『上に上げてください!』って言ってるんですよ」
 
 会議室では、そんなセリフも飛び交った。関係のない自分は、物件ごとの建築現場を映したカメラ映像を、会議室の大画面モニターに映している。時には、危なっかしいやり方でクレーンが移動しているのが目に入る。
 
「おおいっ!その状態で走るんじゃねええええ」
 何人かが叫び、何人かは苦笑している。
 
 おじさんたちは、作業服を着たりワイシャツ姿だったりしながら(スーツ姿はひとりもいない)思い思いに感じたことをしゃべる。もちろん節度はあるけれど、かなり自由に叫んだり笑ったり呆れたりする。「本社の偉い人」と言えば、なんだかもっとタヌキっぽい人たちを想像していたけど、意外と無邪気な人たちに見えた。
 
 思ってたんと違う。そんなことはよくある。
 
 アイスの作り方が変わると、場合によっては工場が建つ。おじさんたちは思っていたより男の子に近い。世界は思うより近くてつながっている。なんて会議室で思う。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。