井上俊之インタビュー「「ANIME FANTASISTA JAPAN 2024」トークプログラムへ寄せて」


■「FEATURING 『井上俊之の作画遊蕩』」について

――まず、「ANIME FANTASISTA JAPAN 2024」で、8月11日(日)の井上さんがご登壇される「FEATURING 『井上俊之の作画遊蕩』」のプログラムについてお話をうかがわせてください。
 一本目は、STUDIO 4℃(武蔵野市)の初劇場作品『彼女の想いで』(95年、『MEMORIES』の中の一篇)をテーマにした、井上さんと今村亮さんの対談「『彼女の想いで』から考える」ですが、異色の組み合わせです。ただ以前、井上さんは『今村亮ラクガキ画集』(スタイル、2024年)を見て、その絵を高く評価されていました

井上 あの本はとてもいいと思いましたね。

――また同時に、今村さんも井上さんがキャラクターデザイン・作画監督を務められた代表作の一つ『彼女の想いで』を一番好きなアニメーション作品だと語られています一見したところの作風は異なるお二人だと感じますが……。

井上 確かにそうなんですが……ただこれまでも、僕がいいなと思う絵を描く人から自分の絵も好かれる、という経験はたびたびあって。そういう意味では、僕が今村くんの絵に魅力を感じるということは、どこかしら通じるところがあるんだと思う。
 あと今村くんがSNSに上げていた、一人全原画みたいなPVも非常に好ましくて。4コマ打ちの気持ちよさ、間を説明しないことの魅力に気づいてる人だと感じた。下手に説明的な中割りを入れてしまうくらいだったら、4コマ全原画のほうがいい。だから当日はコマ打ちの話なんかもできたらいいですね。

――なお、トークに先立つ本イベントの最初のプログラムでは、「LIVE SAKUGA」と銘打った制作実演を行います。そこでは『彼女の想いで』で実際に井上さんが描かれた作画監督修正を使って、そのパートの一部の動画を4時間かけて描き上げていただきます。
 またSTUDIO 4℃さんの保管していた原画や作画監督修正、さらにはそのセルなどが、30年の月日を経て、再び陽の目を見ます。当日はそれらの展示を行うだけでなく、物理的に“触れる”ことができる体験コーナーも「LIVE SAKUGA」内にご用意します。

井上 僕も『彼女の想いで』の自分の絵は久しく見てないですけど、本物の素材に触れられるのはいい経験になりますからね。セルも退色せずに残ってるなら、見れるうちに見ておいたほうがいい。

――井上さんも是非直接ご覧になってください。そして8月11日(日)の二本目のトークプログラムが、押山清高監督と小島崇史さんとの「『フリップフラッパーズ』から『ルックバック』へ――理想の制作システムをめぐって」。“描く人”をモチーフにした、FANTASISTAへの讃歌でもある『ルックバック』が話題を呼んでいる押山清高監督と、その初監督作であるStudio 3Hz(武蔵野市)制作の『フリップフラッパーズ』(16年)でキャラクターデザイン・総作画監督を務められた小島崇史さん、そして両作に参加されている井上さんによる鼎談プログラムです。特に小島さんがこうしたイベントにご登壇されるのは、今回が初となるのではないでしょうか【8/12注:二度目とのことでした】。

井上 小島くんはアニメーターとしての能力の高さが際立ってますよね。画力、器用さや幅広さ、処理能力……それでいて記号的にもなり過ぎず、新しい描き方にどんどんチャレンジしてるように感じる。

――小島さんの仕事で気になったものはなんですか?

井上 『四月は君の嘘』(14-15年)や『フリップフラッパーズ』の仕事で注目するようになって、その後も『ドラえもん(のび太の新恐竜)』(20年)や『ONE PIECE』なんかで目覚ましい活躍をしてますよね。極めつけはサイエンスSARU(武蔵野市)の新作『きみの色』(24年)。まだ予告編しか観てないですけど、レベルの高さがひしひしと伝わってくる。

――押山監督についてはいかがですか?

井上 押山くんには、まずは“手描き“についての想いを聞いてみたいかな。僕は手描きアニメーションにしかない魅力があると信じてますけど、『ルックバック』もそういう作品だと思ったから。『ルックバック』で多用されている背景動画なんて、正確に描くだけなら3DCGを使ったほうがいい。でも、一部3DCGをベースに使ってるところはあるだろうけど、押山くんは本当はすべて“手描き”でやりたかったんじゃないか。“手描き”というアニメーションの根源的な魅力みたいなものを、どこまで自覚的に目指していたのかは聞いてみたいですね。
 合わせて、もしもっと制作期間があったら、どこかに何かを足したいと思うのかどうかも気になる。仮に足したかったとしても、撮影処理を乗せようとは考えないと思うんだよね。

――絵の力だけで完成されている。

井上 本当にそう。原画の線を完成画面に残すという原動画制もそうだし、撮影処理を乗せて絵であることを忘れさせるのではなく、“手描き”の力を信じていいんだ、アニメーションの原点に還ってもいいんだという確信を、僕は『ルックバック』の完成映像を観てあらためて持つことができた。
 あとはやっぱり、レイアウトキーポーズ制【注:レイアウト時には「背景原図」と「キーポーズ(=最小限の枚数からなるラフ)」を補足的な言葉とともに描くだけの制作システムを指す、『井上俊之の作画遊蕩』で提供した造語】の話はしておきたいですね。押山くんはレイアウトラフ原制との両方を経験してきただろうから、それぞれのメリットとデメリットを、小島くんも交えて具体的に聞いてみたい。

■アニメーションの理想像を目指して

――最後に、井上さんがご登壇されない、8月12日(月・祝振替)のプログラムについても、一言ずつ印象をうかがえるでしょうか? 
 はじめに「LIVE DRAWING」【注:収録時はまだ情報解禁前でしたが、西田達三さんがキャラクターデザイン・総作画監督を務めた、手塚治虫原作『火の鳥 エデンの花』(23年)のシネマコンサートが今年2024年の12月24日に武蔵野市民文化会館で開催されます。映画の上映に合わせてフルオーケストラが演奏するという豪華コンサートですが、このプログラムではその告知として、西田さんが『火の鳥 エデンの花』に関わるライブ・ドローイングを披露してくださいます】が披露されたのち、一本目のトークプログラムが、Production I.Gの黄瀬和哉さんとWIT STUDIOの亀田祥倫さんによる「ムサシノがつないだFANTASISTA TALK」。世代も作画スタイルも異なる、キャリア上の接点も薄いお二人が、“武蔵野市”という共通項の力で実現できた初対談です。お二方とも、『井上俊之の作画遊蕩』にもご参加いただきました。

井上 まず亀田くんについては、画面から出るあのすさまじいエネルギーですよね。あれ以上派手にできないんじゃないかというくらいの極限の激しさ。作品としては『鋼の錬金術師(FULLMETAL ALCHEMIST)』(09-10年)に最初に驚いて、その後の『ワンパンマン』(15)や『モブサイコ(100)』シリーズ(16・19・22年)もよかった。見事なものですよね。

――黄瀬さんはいかがですか?

井上 黄瀬に関してはやっぱり幅広さかな。それに、もういい年なのに衰えず、常に新しい表現を模索してるところ。『サイコパス(PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System Case.3 恩讐の彼方に)』(19年)でも、いまだにハッとするような絵作りをしてて。動きもそうですけど、主にセル画的な表現や影のつけ方がうまくて、パターンに陥らない新鮮な表現を見せてくれる。
 そんなスタイルの真逆な二人だけど……もし黄瀬の作監回で亀田くんの原画が上がってきたらどうするかは聞いてみたいかな(笑)。実際見てみたい。実にうまいこと直すと思うから。
 逆も気になる。黄瀬原画が匿名で上がってきたら、亀田くんはどう直すのか。また黄瀬だと知ったらどう直すのか(笑)。

――続くは、『化け猫あんずちゃん』(24年)の久野遥子監督にご登壇いただく「ロトスコープ」をテーマにしたプログラムになります【注:収録時はまだ、岩井澤健治監督のご登壇は調整中でしたが、オタワ国際アニメーション映画祭で長篇グランプリを獲得した『音楽』(19年)などの制作プロセスのご紹介と、久野監督との対談によって、ロトスコープの可能性を掘り下げていただきます】。

井上 久野さんはマンガ家(『甘木唯子のツノと愛』[KADOKAWA、17年])としても一流ですよね。独特の不可思議な世界観を持ってて、物語を作る力があり、かつ誰にも似ていない。絵も相当よくて、Aプロ(ダクション)っぽさがあったり、それこそ空間の描き方が3DCG的ではない。アニメーションをやるうえで大事な空間把握力が自然とそなわってて、マンガを見るだけでレイアウト能力の高さがわかる。

――久野さんのロトスコープに関してはいかがですか? 

井上 ロトスコープの使い方がうまいと思う。単に輪郭線をなぞるんではなくて、実写から要素を抽出したような描き方になっているので。作り方としては、ロトスコというより実写参照に近いんじゃないかな?
 僕はロトスコープはアニメーションとは別物だという考えだから、本当は久野さんが一からイマジネーションだけで描いた映像が観てみたい。でも久野さんの作品は、絵を描ける人がロトスコを手法として活用したものだと思うから、とても好ましく観ていますね。

――最後に劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉 』の山本健監督と『ファーストライン』のちな監督による「新時代の作画――美術・撮影・3DCG」。ともにアニメーター出身で、アニメーションMVを手がけたのち、2024年に初の劇場作品を発表した、90年代生まれの新時代若手監督同士の対談になります。ちな監督はまさにFANTASISTAをモチーフにした『ファーストライン』を手がけられましたが、山本監督もアニメーターデビュー当時は押山清高監督の薫陶を受け、その後Production I.G(武蔵野市)では黄瀬和哉さんの弟子だったりと、今回のプログラムを象徴する存在でもあります。

井上 山本くんとちなくんはまさに今をときめく若手の代表で、これから時代を背負っていく監督たちだと思いますね。そんな二人が、現状をどう思ってるのかは気になる。今のアニメのビジュアル、制作システム、作画のあり方。それらをよしと思っているのか、何か違うものを目指すべきだと思っているのか。

――ちな監督の『ファーストライン』からはカウンターの意識を感じますよね。『ルックバック』とも通じるビジュアル感覚。

井上 そうですね。流行とは意識的に違うものを出してきていて、そこはとても頼もしいし好ましく思える。ただ僕は単にカウンターを出せばいいと思ってるわけではなくて、特に若手には何より、自分の理想像を追求してほしいんですね。目指すべきビジュアルの理想像みたいなことについて、アニメーターとして、監督として二人がどう考えているのかは、話してほしいし聞いてみたい。
 その意味で、このイベントが僕や黄瀬みたいなすでに名を成した人たちばかりでなく、久野さんや山本くんやちなくんのような、これから日本のアニメ界を担っていく人材が登壇する場になってるのは、とてもいいことだと思う。僕は未来に向けた話が聞きたいし、そういう人たちと議論が交わせるなら、意見を戦わせにまた出てもいいと思える。
 押山くんや小島くん、亀田くんや今村くんのような今のアニメ界を背負ってる人たちもそうですけど、お互いに礼賛し合うだけではなくて、忌憚なく意見を交わし合う場になってほしいですね。

聞き手:高瀬康司

【了】

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