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ポーカーテーブルのハサウェイ

奥の室内から甘い香りが流れてくる。アーモンドのような香りだ...
目的の場所までは華やかな回廊が続いている。左右には有名高級ブランドの店が立ち並び、センスの良い服飾品であふれている。行き交う人々の殆どは観光客と思われる人々だ。彼らはフォーマルな服装も居れば、カジュアルな服も多い。空調は低めに設定されている。
ハサウェイは月面都市最大の繁華街のカジノ、World Of Dreamsへ続く道を歩いていた。一時間程残業したあとオフィスを後にして、このカジノに直行したのだ。車を降りた後、ハサウェイは化粧室に入り、持ってきたカジュアルな服装に着替えた。ワンポイントの入っただけの黒パーカーとジーンズ、それにめったにかけないサングラスをかけていた。
「久しぶりに来たが、やはりにぎやかな場所だ....」
ハサウェイはなんどかカジノに来たことはあるが、ギャンブルに溺れていたわけではない。何度か訪れていると少しばかり興味も出てくる。人の射幸心を向上させるため実に様々な工夫がなされているのだ。この甘い香水の香りも人を現実から離すための仕掛けの一つだということを聞いた時はとても感心したものだった。
ハサウェイは少しばかり早歩きでカジノのメイン・フロワーへと急いだ。
「お兄さん、格好いいね。私と遊んでよ。」
「悪い。このところ体調が悪くてさ。」
回遊魚と呼ばれる女性達2,3人にいつも声を掛けられる。興味がなくもないが
今のハサウェイにはカジノの風景の一つだ。然しながら彼女達にも事情があることは理解しているつもりなので明らかに無視を決め込むこともはばかられた。
「そこで止まってくれ。セキュリティゲートが壊れちまって今は人の手でチェックしている。」
「そうか。分かった」
ハサウェイは屈強な男たちのボディチェックとデバイスでの検査を受けた。
「OKだ。入っていいぜ」
ハサウェイはカジノのメイン・フロワーへと入っていった。華やかで甘い香りが一層強くなり、人々の歓声があちらこちらで聞こえる。アナログなチップの山やカード、ルーレット、クラップスなどが目に入る。他のカジノは殆どがオートメーションだが、このWorld Of Dreamsは西暦からのアナログなものですべてを揃えていた。ディーラー達も慣れた手つきでそれらを動かしている。
ハサウェイはカジノ内のチャイニーズ・レストランへ向かった。
「ご予約は?」
「先に来ている人がいるはずだ。マイ・シライシの名前で予約したと聞いている。」
「失礼しました。こちらへ」
ハサウェイは店員に奥の個室へと通された。
「ハサ!先に始めていたよ!」
「ああ、構わない。少し遅れた。」
「ここの料理はなかなか美味しいよ。ハサ、こっちに座んなよ」
「ああ、確かに旨そうだ」
円卓に並べてある品数を見るともう注文する必要はなさそうだった。ハサウェイはお茶だけを注文してマイ達との話に入った。
「今日でクスィーGの支払いも終わるな。」
「こんな華やかな場所で表には出せない金の支払をしてたとは意外だったな。映画だと薄暗い倉庫とかなのに」
「西暦の時代から行われてきた方法さ。カジノはマネーロンダリングの代表的な場所なんだよ。」
「そう言われてみれば確かにその通りなんだよな。」
「そういえばさっき連邦政府関係者と思しき人物がブラックジャックの卓にいたけどあれもそういった類なのかな」
「あれは賄賂さ」
ハサウェイは運ばれてきたお茶を一口のみ、鶏肉を口に放り込んだ。
あっさりとした味わいだ
「賄賂?」
「ああ、軍需産業幹部連中も一緒にいるのを見た。彼らはカジノのチップでカネを渡してるんだ。カジノチップをカジノ内で政府関係者に渡す。それをカジノ内のキャッシャーで換金するのさ。カネをもらった側はカジノゲームで勝ったことにすればいい。」
「なるほど。そういった方法があったか」
そこからは暫く三人は食事に集中した。食事をとっている時ぐらいはリラックスしていたかったのが本音だ。一通りメニューを平らげ、食後のデザートを取り、お茶を飲むところまで落ち着いた。
「さて、じゃハサウェイこれが最後の金塊だ」
リョーゴ・マツマルがハサウェイに貸金庫のカードキーを渡した。
「ようやくこれでクスイーGが僕たちのものになったな」
「ああ、地球での作戦に間に合って良かった。これで一つ荷が降りたよ」
「クスイーガンダムか...」
シャアの反乱から12年。その後いくつかの紛争があり、地球連邦軍の象徴たる兵器「ガンダム」もなんどか新たに登場した。然しながら連邦軍に志願しなかったハサウェイはガンダムとは全く無縁の世界で生きてきた。そんな自分がガンダムを任されるとは人生何が起きるか分からないものだとハサウェイは冷笑する。
「クェスには笑われそうだな...」
意識せず、声が漏れた。ハサウェイははっと息をのむ。
「ん?何かいったハサ?」
「いや、何でもない。それでは最後の支払いに行くとするか。」
3人は中華レストランを出た。マイとリョーゴはレストランの前で別れ
ハサウェイは一人、三階にあるVIP室へと足を運んだ。
三階は天井がガラス張りになっていて青く光る地球を展望することができる高級ラウンジがある。ハサウェイはVIP室に入る前に少しばかり地球を眺めるためにラウンジに寄った。
「ビールを貰えないか」
「かしこまりました。少々お待ちいただけますか。」
頭上に見える青い地球は見かけ上は生命にあふれていることを感じさせる。
然し、12年前ある男がこの青い地球を破壊しようとした。地球に残った人類は自己中心的に物事を考え、特権を貪り続けている。この現実は誰かがただせねばならない。ならば私がやる.....
「シャア・アズナブルか...僕は彼の矮小化した行動をしているに過ぎない..だが..」
ビールを半分ほど飲み干したところで懐かしく、それでいて心を揺さぶる香りがした。
「私はコーヒーを頂こうかしら」
一つ開けた席に小柄な女性が座っていた。
「クエス...」
当然、一秒もしない内に別人だとハサウェイは気づいたが、その一瞬で彼の脳髄を焼き落とすトラウマが蘇った。だが、その衝動は長くもなく落ち着きを取り戻すことができた。この12年で心を落ち着かせる技術は身に着けていた。
「ギギ様、「伯爵」はもうすぐ来られるそうです。」
バーテンダーがその女性への言付けをいった声が聞こえ、彼女の名前だけが知れた。ハサウェイはごく最小限の興味を彼女にもったが、直ぐに残りのビールを飲みほした。
「このようにクエスを思い出すのも、もしかしたら長くはないのかもしれないな。」
ハサウェイは自分自身を冷笑し、VIP室へと入っていった。
奥の部屋に通されハサウェイはバカラテーブルの前に座る。
数分もしない内に奥から50代後半と思しき男が出てきてハサウェイの前に座る。
「君がマフティー・ナビーユ・エリンかね?」
「.......」
ハサウェイは返事はしなかった。わざわざここで自分の正体を明かす必要はない。
「マフティーの組織の者です。クスイーGの最後の支払に来ました。」
「そうか。なに、マフティーのTOPなら君のような若者だと想像していただけだ。だが君はモビルスーツ・パイロットだろう?」
「...ええ。パイロットということは本当です。」
「そうだろうな。そんな雰囲気がある。」
男は椅子の背もたれに体重をかけた。
「これがクスイーGの最後の支払いです。お確かめください。」
ハサウェイは貸金庫のカードキーを差し出した。男は後ろで控えていた若い男を呼び出し、貸金庫のキーが本物であることを確かめさせた。
「問題ありません。本物です。貸金庫の中身も確かです。」
「どうやらこれで取引成立らしいな。これで晴れてクスイーGはマフティーのものだ。納入方法はマフティー側が指示した方法に従う。」
男は立ち上がり、ハサウェイに握手を促した。ハサウェイも極めて形式的に握手を交わして椅子を立つ。ハサウェイは手早くVIP室を出ようとすると男が話しかけた。
「運試しというわけではないが、カジノで少しは楽しんでいったらどうかね。のんびりできるのも今のうちだろう。」
「そうですね。面白そうなゲームがあったら参加してみます。」
ハサウェイは軽く頭をさげ、VIP室を出て行った。
VIP室をでて直ぐにハサウェイは先程のラウンジをちらり見た。先ほどの小柄な女性はもういなくなっていた。少しばかり辺りを見回したがやはり女性の姿は見つけることはできなかった。
「不思議な印象の女性だったな。」
ハサウェイは無意識に独り言をいうと、来た時と同じエスカレーターを使用して1Fに降りて行った。ハサウェイは直ぐに帰るつもりだったが妙に気分がリラックスできていて少しばかり遊んでいきたい気持ちになっている自分に気づく。あたりを見渡すとカジノゲームはなんでもあった。ルーレット、ブラックジャック、バカラ、クラップス、スロットマシーン、どの場所にも人の喧騒があり楽しそうだった。カジノのフロワーをゆっくりと歩く。そして一つのゲームが目に留まった。それはハサウェイの父親やその職場の同僚が好んでやっていたゲームだった。ハサウェイ自身も学生時代に少しはまっていたことがある。テキサス・ホールデム・ポーカーだ。
「久しぶりにやってみるか。今日は気分がいい。」
ハサウェイはキャッシャーに向かい約5000ドルをチップに変えた。決して安い金額ではないがやるときはこれぐらいのほうが気分が高まる。今日テーブルが立っているのは25-50だ。このレートでなら6,7時間はプレイが出来る。ハサウェイはテーブルにつき、チップを積んだ。
「お兄さん、ポーカーはどれくらいやってるんだい?」
ハサウェイの右隣りの男が話しかけてきた。年齢は40代半ばだろうか。顔の雰囲気は年齢相応だが身体付きは30代に見えた。つまり肉体を鍛えている。
ポーカーで生計を立てるプロかもしれない。
「学生時代に少しばかりはまっただけだよ。そんなに入れ込んではいない。」
「そうかい。今日は俺は運がいい。お兄さんのチップ、蒸発しないように気をつけるんだな。」
挑発しているつもりなのだな、とハサウェイは思った。然し、今夜は全く熱くなる気がしなかった。冷静というよりも何か気分が落ち着いている。
ディーラーがカードを撒き始めた。ディーラーは20代半ばと思われる女性。黒髪でアジア系の女性だ。冷たい表情のまま黙々とディーリングをしている。10分程ディーリングを見ているとかなり上手いディーラーなのだといことがハサウェイには分かった。殆ど自分の手を動かさずに二枚のカードが手元にくるし、チップのさばき方に迷いはない。プレイヤーにプレイを促す所作もとても綺麗だ。何よりも一聯の動作で止まることがないので時間あたりのハンド数がかなり多い。より多くのハンド数をプレイヤーがこなせるようなディーリングをしているということは彼女もまたポーカーをするのかもしれない。
一時間程経過した。ハサウェイのチップはいくばくか増えたものの大勝しているわけではない。少しばかり休憩をしてこようと思い、席をたった。バーカウンターに向かいガス入りのミネラルウォーターを注文した。半分ほど飲み切りフロワーを見渡す。特段変わった様子はない。ふとルーレットの方へ視線を移した。そこには先程ラウンジで見かけた小柄な女性の似た後ろ姿を見つけた。ハサウェイはミネラルウォーターを手にもってルーレットの方へあるきだした。彼女との距離が10mほどになったときハサウェイは先程の彼女と同一人物であることを確信する。話しかけるつもりは全くない。ただ、ただもう一度顔を見てみたいと思ったのだ。
「私今日はついてるみたい。もう1000ドルのプラスよ、伯爵」
伯爵と呼ばれた男は70代から80代に見えた。彼の周りには明らかにボディー・ガード風の男性が3名取り囲んでいた。只者の人物ではない。
「富豪令嬢ということか...あるいは。」
彼女は手にしていた飲み物を少しづつ口に運びながら、極めて冷静に
チップをかけ続ける。それは適当には金をかけていない様子にハサウェイには思えた。ディーラーが玉を投げる瞬間、ルーレット盤の回転をする速さ、
よく見ると彼女はそれらを事細かに観察している様子である。彼女は物凄いセンスを持っているのかもしれない、ハサウェイは短い間だが、彼女を見入ってしまった。そんな中、ふと彼女と視線が合った。
「あっ...」
ハサウェイは心臓の鼓動が高まることを実感した。視線の先にある彼女の姿が12年前のあの少女と重なる....あの優し気でどこか冷徹な雰囲気をもつ感じ。彼女もハサウェイの視線に気づいたようで、少し顔を傾けて軽く瞬きをした。そんな彼女の仕草にハサウェイは反射的に背を向けてルーレットから
離れていった。
「5週ほどBBを過ぎました。」
ハサウェイがポーカー・テーブルに戻るとディーラーが状況を教えてくれた。右隣の男は居なくなったが、左隣の席は先程とは別の男が座っていた。
「ゲーム再開だ。」
アジア系の女性ディーラーはまたカードを撒き始める。カードが配られ、カードをめくり、カードを捨てる。ポーカーというゲームはひたすらこの動作の繰り返しだ。考え事をするにはよい環境だと思う。何かを学習するときはこの状況は向かないが、何か新しいことを考え出すにはもってこいの場所だと思う。あとは誰かが隣にいるという感覚が欲しいときにはこのポーカーテーブルは向いている。
「失礼。君のスタックが良くみえない。済まないがスタックをもう少し見えやすく積んでくれないか。」
左隣の男がハサウェイに話しかけてきた。ハサウェイは自分のチップの山を見ると確かに少し乱雑に積んでいたようだ。それぞれのチップを20枚ごとに
積み上げ整理をする。
「素直に応じて貰えてよかった。私はシノミヤという。よかったら君の名前を教えてもらえないか。少し雑談に付き合ってもらえると嬉しい」
「とんでもない。こちらこそ申し訳なかった。僕はハサウェイだ。」
「そうか。ハサウェイかよろしく。」
思わず本名を名乗ってしまったが、自分の名前はそう珍しいものでもないごくありふれた名前だ。別になんの問題もないだろう。ハサウェイはそのままシノミヤとの雑談に応じることにした。
「シノミヤか。アジア系の名前だ。」
「そうアジア系だ。日本っていう国のファミリーネームさ」
そういえば感覚的に母親の旧姓に似ているとハサウェイは思った。それから
二人はちょっとした世間話から話を始めることになった。そんな中、一人の
40代前半と思しき男性が目に止まった。その佇まいから軍人と思われた。
ポーカーテーブルから少し離れた、別の場所のバーカウンターでその男は
ウィスキーを飲んでいるようだった。
「彼は恐らく地球連邦の軍人だろうな。歩き方、話し方、そしてさっき一緒に話をしていた男たちも軍人そのものだった。」
「職業上、こういったところが好きなんだろうな。それは分かる気がする」
戦争になれば、明日の命は保証されない職業が軍人だ。健康そのものの肉体が数時間後には死体になっているということが当たり前のことなのだ。そういった男たちにとってカネはためるものでもない。
「ケネス大佐」
20代前半と思しき若い男が、バーカウンターに入ってきた。
「場所が場所だぞ。そのように呼ぶな」
「すみません。大佐」
「条件反射になっているな」
若い男にケネスと呼ばれた男は10分程バーカウンターで並んで座り、その後若い男はバーカウンターから離れていった。
ハサウェイ達はポーカーを続けた。自然とマフティーと地球連邦の話に移る。
「地球連邦と半地球連邦。12年前のシャアの反乱も歴史の繰り返しに過ぎないと私は思うがね。いつの時代でも体制に対して武力で体制を覆そうとする。成功したり失敗したり。それがただ繰り返すだけさ。」
ハサウェイもシノミヤと名乗る男もなかなか参加するハンドがこない。配られたカードをめくってただ捨てるだけだ。
「そうかもしれない。だけど何もせず、ただ事態を傍観しているだけよりは遥かににましなんじゃないかな。」
「マフティーの奴らは行動することによって何かが変わると信じているのかもしれない。だが閣僚を暗殺するだけのテロを繰り返したところで次の閣僚が出てくるだけさ。何も変わらない暗殺は意味はないのではないか?それにマフティーには次の世界を導くような大儀も具体的なビジョンがない。」
「そうか。だけどマフティーに共感する組織なり政治的な運動が複数持ち上がれば昔のエゥーゴの時のようなパラダイムシフトが起こる可能性だってある。」
「それを待てと?スペースノイド達は確かに権利を犯されてはいるが衣食住を奪われたわけではない。民衆は政治的な権利よりも日々の日常生活に関心があるだけさ。」
「それが奪われてからでは遅すぎる。日常生活そのものは確かに保証されるだろう。だがしかし、自分たちの自立した政治基盤の上に生きていなければ死ぬまで自分たちは自分が政治的に家畜であることに気づかない。」
「それに気づかなくても生けていける。特に好きな恋人なんかがいればな」
シノミヤはテーブルの上のビールを飲んだ。
「.....そうだな。」
ハサウェイは配れたカードに目をやった。QQがそこにはある。ダイヤとハートのカードだ。ハサウェイは3betをした。それにシノミヤはコール。一番最初にゲームに参加したプレイヤーは降りた。フロップが開く
QsJcTc ♠のQと♣のJ、♣の10だ。ハサウェイはスリーカードになった。然しながらこのボードではストレートが出来たり、フラッシュが出来やすいボードだ。ハサウェイは中央にあるチップ総額の6割近くをベットした。シノミヤは数秒考えてコールする。アジア系女性ディーラーはハサウェイとシノミヤのチップを中央のチップの山に入れ、間髪いれずに4枚目のカードを開く、開かれたカードはKc 。♣のKだ。相手がAか9を持っていれば、ストレートが完成させられた可能性もある。勿論フラッシュもだ。
「ハサウェイ、私の勝ちの可能性が強くなったぞ。ここでやめた方がよいのではないか?」
「弱気になると人は口数が多くなる。ブラフも出来る並びだし。」
ハサウェイは続けて強気にベット、シノミヤはさらにレイズをして来た。ハサウェイは少し迷いが生じたが、それにコールをした。そしてディーラーは
最後のカードをめくる。Qc。♣のQ。ハサウェイはフォーカードを完成させた。ここでほぼハサウェイは勝ちを確信した。警戒すべきは当然ストレートフラッシュだが、ここで降りる方が難しい。ハサウェイはチップを手に取ろうとした。
「本当に辞めた方が良いのではないか?テーブルには色々な可能性があるぞ。君は今夜の勝ち負けに何かを占っていたりするか?」
ハサウェイは少し考える。今夜ゲームを始めた当初は全くその考えはなかった。然しながら目の前にあるのはほぼ勝ちが確定しているような状況だ。油断は禁物だが....
「別に何かを占っていたりはしない。だが、もしかしたらこれが僕の最後のポーカーになる可能性はある。だから悔いは残したくはない。例え君がストレートフラッシュだとしてもだ。」
ハサウェイはチップをオールインした。シノミヤはハサウェイがオールインをした瞬間にコールをした。それはポーカープレイヤーとしては完璧なマナーだった。ハサウェイに全く不快な思いをさせないような配慮だった。
ハサウェイはQQをショウした。
「Qのフォーカードになります。」
女性ディーラーはシノミヤに向かって言葉をかけた。
「ストレートフラッシュだ。9c9sだ。」
ディーラーがハンドの再確認をして、チップの計算に入った。
「忠告はしたぞ。君のチップを全て巻き上げたくはなかった。だが。最後のカードがあれでは降りることはできんか....」
ハサウェイはツキの無さを実感した。チップの山が全て左隣に移ったのはほんの十数秒後だった。ハサウェイは黙ってテーブルを立った。
「君がストレートフラッシュを持っている可能性は十分に考えた。だけど君の言う通り、最後のカードが僕から選択肢を奪ったな。最大のバリューを得るために僕は君のストレートフラッシュに飛び込んでしまった。」
「まぁ、私が君の立場でもそうするがね。今日は楽しい時間を過ごせてよかった。私はもう少しゲームをしていくが君はどうする。」
「チップを買い足す気はない。このまま撤退するさ。じゃあ僕はこれで。」
「ハサウェイ、またこのカジノへ来てくれよ!そしたらまたテーブルで色々と話そう。」
「ああ。仕事が一息ついたらまた来る。」
ハサウェイはカジノの出口の方へ歩いていった。ルーレットの方をみたが、あの小柄な女性は居なくなっていた。あの軍人らしき男も姿が見えない。
セキュリティゲートをくぐる前、ハサウェイはカジノフロアを一望したがなぜかもうここには来ない気がしていた。
「女王に殺された..か...」
セキュリティゲートを通過し通路に出ると、ハサウェイの携帯端末が震えた。
「ハサウェイ、今どこにいる?」
リョーゴから甲高い声が聞こえてきた。
「今カジノを出たところだ。直ぐに港へ向かう。」
「カジノだって?クスイーGの代金を支払ってから今までギャンブルをしていたってことか?」
「そうだ。久しぶりにポーカーをしてきた。」
「ポーカー?で、勝ったのか?」
「いや、スッカラカンさ。もうしばらくは遊ぶことはできないな。」
「何言ってんだ。これから戦争をしに行こうってのに。いいから早く港へこい。」
「ああ、分かった。また後で会おう。」
ハサウェイは通話を終えて携帯端末をポケットにしまった。そして出口に向かって強く歩き出す。ハサウェイはポーカープレイヤーの顔ではなく戦士の顔になっていた。

   ポーカー・テーブルのハサウェイ 終わり

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