[映画鑑賞]千と千尋の神隠しに祈りを込めて
次々と灯る提灯。
あちこちから「おいで、おいで」と誘う手。
海になった草原からは神様たちが乗った船がゆったりとやってくる。
物心ついた時からずっと好きでいる、『千と千尋の神隠し』。決して現実では味わえることのないあの世界観に、ずっと魅せられてきた。
話の内容はざっくりと、千尋が豚に変えられた両親を助けるべく「人間」ではない者たちの世界で必死に働く、というものだ。
もし「え、何それ観たことないや」という方は絶対に観てほしい。絶対に。
それにしても、何度観てもお油屋(お湯屋)は壮大で綺麗で賑やかだし、何度観てもハクはやっぱりイケメンだ笑
やはり、神様の乗った船がやってきて、神様が降りてくるシーンは小さい頃から変わらず好きだ。
煌びやかな電飾を纏った船が、壮大な音楽とともにやってくる。
次々に戸が開き、お札のようなものが出てくる。それらが船から出ると、しっかりと実体を持った神様になり、ゆったりとお油屋を目指して歩いていく。
見ていたいけど見てはいけないような、何ともいえない緊張感が漂うあの空気感がたまらない。
緊張感つながりで、千尋が息を止めてハクと一緒に橋を渡るシーンも好きだ。気付いたら一緒に息を止めてて苦しくなったのは小さい頃の良き思い出笑
千尋がハクに代わって、盗んでしまった判子を銭婆に返しに行くシーンは行動力があり過ぎて尊敬しかない。釜爺の「分からんか、愛だ」と言うセリフ、流石だ。愛情はここまで人を動かすことができるのか。てか釜爺可愛いかよ。
あと、ラストのハクが名前を思い出すシーン。あれは泣かしにきてるだろ、と毎回思う。名前を思い出すことは、この世界において大きな意味をもつ。湯婆婆との契約を解消でき、もとの自分がいた世界に戻れるからだ。
ハクは「千尋が帰ったあと、湯婆婆と話をつけるから」と言って直接的にもとの世界に戻れたという描写はない。
だからこそ、どうか思い出した名前を大切にしてくれ、と祈りに近い気持ちになるのかもしれない。
あぁ、自分も一回でいいから迷い込んでみたい。あのお油屋の賑やかで非現実的な雰囲気を味わってみたい。
かといって両親を豚に変えられたり、湯婆婆に「八つ裂きにされてもええんかい!」と脅されるのはごめんだが笑
このアニメの舞台は台湾の九份に似ているらしいので取り敢えず中国語マスターしてビザでも取ろう。
なんか観たあと毎回思っている気がする。
ご清覧ありがとうございました。
自販機のコンポタでした🌽
ー追伸ー
このテーマを提案してくださった方へ、
有難うございました🙇
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