優しさの真似事のエゴ
優しいねって言われる事がある。
優しくしようと生きてるから。そう見えてるなら素直に嬉しい。
優しくしようと生きてる ことは果たして、
本当に優しい人 なのか分からない。
BUMP OF CHICKENの透明飛行船という大切な曲のこの歌詞に何度も心を奪われた。
“優しさの真似事のエゴ”
私はこれをたくさん持っている。
優しくする事でしか自分の存在価値を生み出せない。
優しくしたい人のために生きたら自分のためになっている。自分のために人に優しくする事を選択しているだけだ。
そして自己肯定感の低い私みたいな人には誰よりも優しさをあげたいと思う。私の優しさは平等でもなんでもない。
考えれば考えるほど全てエゴな気がする。
でもそれでも良いよ。
銀杏BOYZについてのnoteでも書いたが、
自分のためだけに誰かのために生きる事は私はとても美しいと思うから。
相手が優しさと受け取ってくれたら優しさだ。
だから本物の優しい人になれなかったとしても、
死ぬまで優しさと捉えてもらえる選択をし続けていたい。
そんなの優しさじゃないという人もいるだろうし、優しい人なんて人それぞれなのにね。
何になりたいんだろう。
考えすぎてぐちゃぐちゃの感情をまとめたいために書くnoteでスッキリしない事ばかり。
でも、もうきっと優しくなりたいわけじゃない。
優しさの真似事は優しさだと、今は本気で思っている。
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