私がいないと生きていけないと言った、ヒロさんのこと

ヒロさんは、私が仕事をする上で犯してしまった失敗の犠牲者。

ヒロさんの事は慎重に語らなくてはならない。もちろん仮名だし、記録なのでなるべくフェイクは入れたくないが表現には十分注意しなくてはならない。最後にも言うけれど、これを見た人は忘れて欲しい。

私は医療関係の仕事をしているが、ヒロさんはそこに来ていた患者だった。不眠と神経痛を患っていた。年齢は、ひとまわりほど上だったと思う。柔らかな表情は彼をぐっと若く見せていた。

ヒロさんは優しく微笑んで、いつもありがとう、と言ってくれる。今日もあなたが担当なんだね、と嬉しそうに言ってくれる。

若かった私は、一瞬、ヒロさんにこのまま好かれたいと思ってしまった。そしてそれは表に出てしまったのかもしれない。

思わせぶりな目、よそ行きの微笑み、心の隙間にそっと指を入れてまさぐるような言葉。ホスピタリティという隠れ蓑を被せた蠢く何か。

そんな日がしばらく続き、ある日ヒロさんはバックヤードの私をわざわざ呼び出した。

ついに一線を超える瞬間が来てしまった事を直感した。私はホスピタリティの隠れ蓑を羽織って、ヒロさんの元へ歩んだ。

ヒロさんは睡眠薬の効きが悪いと言った。担当ドクターはあまり話を聞いてくれないのだと言った。そのあと、ぐっと近づいてスマートフォンを私に見せた。お友達になってください、個人的に相談に乗ってほしいと書いてあった。ヒロさんは連絡先の書いた紙を私に握らせようとした。そして、あなた無しでは生きていけません、と突然取り乱して私にすがりついたのだった。

私はどうして良いか分からなくなった、自分で付けた火の扱い方が分からず、消し方も分からなくなっていた。

睡眠薬の相談についてはお調べしておきます。担当ドクターとは仲良くしてください。今日のところは失礼します。

という内容のことを言ったような気がする。彼が去った後には連絡先のメモが置きっ放しになっていた。先輩が駆け寄ってきて、大丈夫?と言った。

その数日後、クリスマスの日。職場に私宛の電話がかかってきた。ヒロさんからだった。先日騒動を目撃した先輩が電話をとり、どうする?と私に聞いた。

私は首を横に振ったのだった。

先輩がどのように対応したか、あまり覚えていない。カルテには私を担当から外すようメモが書かれた。

その後、ヒロさんは現れなくなった。

世間はこれを単なるセクハラ案件で片付けてしまうだろう。実際、片付けられた。でも、これは私の過ちだと思っている。

ただ、それを他の事件でも当てはめるのは違う。この件だけに言える事。一般化してはいけない。絶対に。

もし何かの弾みでこれを見てしまった人は、忘れてほしい。これはただの記録。


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