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鄭栄桓vs朴ノジャ=オンライン対談  脱分断的に見るべき「慰安婦」問題   【第3日目】

韓国の日本軍’慰安婦’問題研究所が発行しているWebマガジン”キョル”から記事を翻訳してお届けします。

Webマガジン”キョル”
http://www.kyeol.kr/

原文はこちら
http://www.kyeol.kr/node/163

■対談者;鄭栄桓(チョン・ヨンファン)(写真:右)
明治学院大学教養教育センター教授。歴史学(朝鮮近現代史・在日朝鮮人史)専攻。著書に『朝鮮独立への隘路;在日朝鮮人の解放五年史』(法政大学出版局.2013年)、『忘却のための「和解」;「帝国の慰安婦」と日本の責任』(世織書房.2016年、朝鮮語版は林慶花訳『誰のための和解なのか;『帝国の慰安婦』の反歴史性』2016年、プルンヨクサ刊)などがある。

■対談者;朴露子(パク・ノジャ)(写真:左)
 朴ノジャ(ウラジミール・ティホノフ)
オスロ大学人文学部東方言語・文化研究学科教授、韓国学・東アジア学専攻。現在、韓国民族主義史、社会主義運動史、近現代仏教史、歴史学などを研究、最近は「株式会社・大韓民国」、「転換の時代」など多数の著書がある。

 オンライン対談、最終日です。編集チームの不慣れな進行に、お二方は立派に対応して下さり、有難うございます。今日は互いに質疑応答する日です。昨日、鄭栄桓先生の「脱分断的視角」というテーマに、朴露子先生が質問をしてくださいました。今日は「慰安婦」問題に関連して互いに質疑応答なさって下さい。


Q)朴ノジャが鄭栄桓へ質問

朴ノジャ
 鄭栄桓先生、ある問題を共有して下さい。日本軍性奴隷制度問題と韓国が、70年以上犯してきた各種の国家的な性犯罪、性暴力をどのように一括りにまとめて分析できるのか、そして日本軍と韓国という国家的性犯罪の関連性について、運動社会がどんな視角で、どのように活動すべきかに関してです。「慰安婦」という名称を韓国「国軍」が韓国戦争時も継続して使ってきました。その時、主として米軍と「国軍」を相手にした「慰安所」は数十か所あり、その女性被害者たちの中には例えば韓国軍に拉致、監禁された北朝鮮側の女性活動家たちもいましたが、被害者構成は相当似たようでした。既存の人身売買の被害者たちが相当数になると理解します。その後ろには基地村性売買について韓国国家はある種の巨大な「抱主」(*女郎屋主)の役割を果たし、その性売買を国家的に管理してきたと見るべきでしょう。もちろんそう言っても、「慰安婦」性奴隷制度に対する日本軍と日本国家の責任を相対化も希釈化もしてはならず、性暴力、性売買問題にあっての韓国と言う国家の犯罪性を、日本国家・軍隊犯罪性と同じく連動させて分析できる枠組みも存在するのではないかと考え、これに対する高見を伺えればと思います。例えば、植民地時代に賦役した朝鮮人エリート、そして植民地的統治機構などを相当部分そのまま残して継承した、「大韓民国」を日帝の事実上のひとつの後継国家と認識するなら、性暴力・性売買問題にあっての犯罪性と日帝の犯罪性の間の連関関係も論理的によりもっと明快になるのではと思います。これについてどう考えられますか?そして、運動論的側面から、「大韓民国」のこの歴史的性格などを勘案して、「慰安婦」制奴隷被害者の正義具現運動は超国家的な、それこそ世界市民的な基調で展開するのがもっと合理的でないかと私は考えます。これをどう思われますか?

A)鄭栄桓が朴ノジャへ答える

鄭栄桓
 提起して下さった質問にお答えします。私も韓国と日本国家の犯罪性を連動させて分析する枠組みは存在すると考えます。同時に、日本軍性奴隷制度と韓国の国家的性犯罪をまとめて分析する具体的な方法に関しては私も随分悩みました。日本の修正主義者たちは日本軍の加害責任を希釈するため、韓国軍の蛮行、特にベトナム戦争時の民間人虐殺や性暴力の事実を始終あげます。でも彼らが絶対的に言及しないのは、当時、日本政府も北爆を始めとする米軍のベトナム戦争を積極的に、誰よりもいち早く支持してきたという事実です。そして1967年に行なわれたベトナムでの戦争犯罪に関する国際法廷、いわゆるラッセル法廷は米国のベトナム戦略の罪に関連して日本政府の共犯性を認定し、ベトナム戦争時の米日間の「関係」については完全に無視しますが、私はこの「関係」が非常に重要だと考えます。
 ここで関係と言う時、私は時間的・同時的関係と空間的・同時代的関係の二つの側面を統合的に見なければいけないようです。朝鮮戦争時、韓国軍「慰安婦」は日本軍、満州国軍将校の系譜が国軍に継承されていた事実を除外しては理解できないでしょう。つまり、日本軍・韓国軍の人的な連続性によって日本軍国主義の制度と性暴力が反共主義と結合して再現されたのです。この側面がファシズムと反共主義に由来するものなのか、あるいは近代の軍隊に共通した一般的な特徴なのかを検討するのは(社会主義国家の事例を見れば)、次の段階の問題になるようですが、私は歴史研究者としてこの暴力の事実を発掘すると同時に、多様な形態で暴力を告発してきた人たちの痕跡を探して学ぶ作業が必要だと痛感します。その意味で先に言及したラッセル法廷や、(Q1)で言及した<2000年女性国際戦犯法廷>の経験は、さらに共有されるべきだと考えます。


Q)鄭栄桓が朴ノジャへ質問

鄭栄桓
 関連して朴ノジャ先生へ質問をしたいテーマは、日本軍「慰安婦」問題を含んだ日本の過去清算と天皇の役割についての問題です。去る2月10日、文喜相(ムン・フィサン)国会議長が、日本軍「慰安婦」問題に対して(天皇が)謝罪すべきだという趣旨の発言をして論乱になりました。
 日本の言論は一斉にこれを報道して反発しましたが、この問題はもう少し検討すべき問題のようです。
 私は先代天皇だった裕仁(ヒロヒト)には明らかに戦争責任があったと思います。天皇という地位を継承した現天皇(アキヒト)は、これに関連した政治的責任を免れ得ず、その意味で文喜相議長の発言中の「戦争犯罪の主犯の子」である現在の天皇が謝罪すべきということには共感します。ですが私が憂慮するのは、ひょっとして天皇訪韓が実現すれば(退任後に訪韓することもできますが)、これはひとつの政治的な「和解」のショーとして演出される可能性が非常に高いからです。
 今現在日本で天皇が占めているイデオロギー的機能は依然として強力です。天皇は自然災害などで苦痛を受けた人たちを「慰労」し、戦争「犠牲者」を「慰労」します。このような活動を天皇は責任の主体としてではなく、責任や権利・義務関係を越えたそれこそ超然とした立場で行い、社会的矛盾を隠蔽し、「国民統合」の幻想を演出します。現在天皇は、多分に意識的にその機能を担ってきたし、ある程度「成功」したと思います。
 日本のNHKの世論調査結果、79%の日本国民が平成時代のイメージを「戦争が無く平和だった時代」だったと感じると回答しました。実は1989年以降の平成時代は、憲法第9条が禁止した海外派兵を日本が本格的に始めた、「基地国家」から「派兵国家」へ転換した新しい戦争の時代だったと言えます。
 天皇は2001年の9.11事件直後に駐日米国大使に弔意を伝達するとか、2004年には当時のチェイニー米副大統領に自衛隊がイラク人たちの幸福に貢献することを望むという趣旨のメッセージを伝え、米国主導下の一連の「派兵国家」としての日本の軍事行動を支持、装飾してきました。
 日本のリベラル知識人たちもこのような天皇の機能を批判せず、むしろ天皇を安倍総理に対抗する「平和の象徴」と見做しました。その意味で天皇のイデオロギー的「統合」機能は、敗戦後のどの時期よりも深まっていると私は考えます。
 この状況での天皇の訪韓jは、問題の解決の援けになるどころか、むしろ植民地支配の最高責任者だった天皇を免罪する結果を生むのではないかと私は憂慮します。朴ノジャ先生はこの問題について、どのように考えるのか高見を伺います。


A)朴ノジャが鄭栄桓の質問に答える

朴ノジャ
 鄭栄桓先生、良い質問を有難うございます。いろいろ重要な示唆を与える質問でした。一応ヒロヒトが戦犯という点は、明白に歴史的事実なのは間違いありません。ヒロヒトの有名な評伝を書いたHerbert P. Bix先生のような長老研究者たちの一致した意見でもあり、戦争直後に米軍側でも多数が実際に考えたことです。天皇に対する戦犯責任免脱は何処までも政治的判断(日本保守勢力との新しい癒着の始まり)に過ぎず、法律的な判断ではありませんでした。だから「戦争主犯の子」とは、間違いでなく、ファクター(*要素・要因)でしかありません。
 鄭栄桓先生の憂慮を私も共有します。おっしゃる通り天皇の保守的「国民統合」機能は依然として強く、そこへ韓国で政治的「韓日和解ショー」を演出しようとする政客たちが依然、少なくないと思います。日本と若干違いますが、韓国の支配層は外交問題に対して相当な分裂相を見せています。いま執権している自由主義者たちは、南北和解、協力に集中しながら、過去にオバマ政権が強調した「米・日・韓三角同盟関係」には多少消極的です。同盟ならば韓米同盟程度だけ考え、「三角」同盟までは望んでいないようです。「三角」同盟が、南北和解事業に革新的役割をする中国にそれほど嬉しくはなく、また自由主義者たちに投票する人たちの相当数にそのイメージがまったく良くもないからです。
 ところで民主党が代表する自由主義者たちは、韓国政界のある分派に過ぎません。外には自由韓国党などが代表する極右傾向の諸派が依然として相当な影響力を発揮し、特に軍隊や特殊国家機関(情報機関など)で相当な支持層を確保しています。自由主義者たちも極右たちの意中を全く無視できません。それで例えば極右派が絶対反対する李石基(イ・ソッキ)前議員の赦免などを自由主義政権ができないのです。極右派の場合、米・日・韓三角同盟の支持者たちが大部分です。
 だから極右派が再執権するとか、レイムダック化した自由主義政権が極右派の機嫌を極端に窺うなら、「天皇訪韓」ショーとそれに伴う「和解」ショーを幾らでも演出できます。
 このようなショーは、何よりも被害者たちの人権を深刻に侵害することでしょう。まだ賠償もなく、国家レベルの謝罪も、再発防止保証も無いまま、被害者たちに対する「和解」ショーは、まさに徐京植(ソ・ギョンシク)先生の表現通り、「和解という名の暴力」に過ぎません。この可能性を韓国社会運動陣営が念頭において、事前にその反対に対する画然とした意志を政界と社会に正確に伝えるのが非常に重要です。■

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