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手放したこと。26歳まであと2か月。

近所の公園で、梅の花が満開に咲いていた。


わたしはずっと、色んなことを手放せずにいた。

親との関係、身近な人の急死、恋人の過去に対する嫉妬、自分は無理がありすぎる仕事、こうあるべきという自分を縛り付ける思考。

今パッと思いつくだけでこれだけある。
もっとあるかもしれない。でも、こういうのって限界が来るまで、手放していいことに気づかないものなのだ。もっと早く気づいてあげられたらと思う。

その時その時で、わたしはどうしたらそれらの問題を受け入れられるか、解決できるか必死だった。
眠れないほど頭を抱えた。脳内に爆発しそうななにかがあって、発狂した。ひとり叫んだ。
仕事がある日でも涙が止まらず朝まで泣き続けては出勤することが何度もあった。必死なあまり、自分が見えなくなっていた。

しかし人生は困難の連続。
ひとつ受け入れたと思えばまた何かと浮かび上がってくる。皮肉にも。

心も体も壊れた中で私は、
もう全てと向き合うのは無理だと気づいた。


それから、ひとつずつ手放すことを始めた。


身近な人の急死に関しては、別に受け入れられたわけではない。今でも遺体を思い出すと吐き気がする。なんでみんな、葬式でご飯が口に入るのか、分からなかった。いまだにわからない。私は誰よりも、狂ったように泣いた。最も近しい関係の人より、とにかく泣いた。急に亡骸になった大切な人が生きている私と同じ空間にいる。怖い。悲しい。怖い。
その後も食欲は戻らず、一人暮らしの部屋でお香を焚き、毎晩手を合わせた。しかし、自然とその回数が減り、今ではたまに思いを馳せるくらいになった。人間、こんなもんなんだろうか。

恋人の過去に対する嫉妬や執着。これに関しては詳しくは書けないが、一番自分が苦しかったことだ。
嫉妬を無くしたくて、壊れるほど必死になり、壊れた。恋人にも、その元恋人にも、全てを問い詰め謝罪させた。その結果、周りを傷つけた。泣いた顔を見たことがなかった恋人を、号泣させた。

そんな自分が怖くなって、もうやめようと思った。
2年半を要した。

あとは、こうあるべきという縛り付けだ。いつからか自己啓発本を山のように書い、ノートにまとめ続けた。本棚はほとんどがその本で埋められた。
次第に睡眠薬を飲んでも朝まで眠れなくなった。心が、ありのままの自分を受け入れてくれと悲鳴をあげていると感じた。

たくさんノートに書きまとめ考察してきたが、結論、何が起きても自分の健康を第一に考える。
そこにまとまった。
これから少しずつメルカリかなんかで売っていこうと思う。笑

空いたスペースに、好きな漫画を並べた。


そんなこんなで色んなものを手放した。

今は変な気持ちだが、私にしては前向きだ。
これからは人間らしく健康に暮らし、休日は好きな山にでも出掛けたい。読書をしたいし、珈琲をゆっくり飲みたい。好きなお花を飾り、趣味の勉強をしたい。たまにはハメを外して酒を飲みたいし、歌って愚痴ってひとり騒ぎたい。部屋は少し散らかってるくらいの心地よい感じで過ごしたいし、家事はまとめて休日にする、いや、しなくてもいいかもしれない。死ぬわけじゃないし。

そんなこんなで、これからの私らしい人生を想像するとすごく嬉しい。


これからもどうせすぐ、なにか起きるんだろう。

その時は健康を第一に。あとは手放してしまおう。
無理なものは無理だ。ある程度考えたら、とにかく手放すに尽きる。
そしたらきっと、少し楽に生きていけるはずだ。

あと、私が学んだこと。それは、相手がなぜそういう行動をとるのか考えるってことだ。
私はこれが抜けてて、全部自分の行動パターンに当てはめ、自分がボロボロになるほど感情的になることが多かった。なんで私ならこう言うのに、とかね。これは恋人に教えられた言葉なんだけど。意識していきたい。

私は、沖縄の、なんくるないさって言葉が
大好きだ。そんな人生を歩めたらと思う。
まぁ簡単じゃないけどね。笑




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