令和3年司法試験労働法第1問 再現答案(58点台)

第1 設問1について
1 懲戒権の有無について
 Y社は懲戒権を有するか。使用者は企業秩序を維持するため,労働者に対する懲戒権を有する。もっとも,懲戒は労働者への不利益が大きく罪刑法定主義類似の要請から,懲戒事由の事由と種別を労働契約に明記し,労働者が認識できるようにしなければならない。
 本件では,労働契約書の第18条1~10号で事由が,19条で種別が明記されている。そして,Y社と各労働者は労働契約締結の際,労働契約書を手交し,署名押印を得ていたというから,各労働者は懲戒事由,種別を認識していたといえ,Y社はX1に対する懲戒権を有する。
2 出席停止処分の有効性
 Y社は労働契約(以下「法」)19条に基づき懲戒処分として出席停止処分をしている。懲戒は,懲戒権を有する場合において➀客観的に合理的な理由を欠き②社会通念上相当であると認められない場合は権利濫用として無効となる。(労働契約法15条)
(1)➀について
 X1は,Y社の許可をとることなく機密情報の記録された媒体を持ち帰っており,法18条1項3号に該当する。帰宅途中にうたた寝をし,媒体の入った鞄を紛失している。本来,媒体の持ち帰りは許されず,また,機密情報の取扱いには厳重な注意義務があったといえるのにX1は義務に反し,媒体を紛失させた結果会社に損害を与えたといえる。法18条4号に該当する。
 また,X1の一連の紛失行為は「前各号に準ずる程度の不都合な行為」と法18条10号に該当する。以上より,X1の行為は法18条3号4号10号の事由に該当し,客観的に合理的な理由があるといえる。
(2)②について
ア 処分が相当であったかは,行為の悪質性,重大性に対し処分が適切であったか,適正手続きがなされていたか,を考慮し判断する。
イ Y社が個人情報を扱う有料職業紹介事業であることを踏まえれば,求職者の個人情報は重要なものであり,その取扱いは厳重に注意して慎重に扱うことが求められ,X1の一連の行為は重大である。 
 もっとも,X1が媒体を家に持ち帰ったのはY社社長Aから午後8時以降の社内での勤務を禁ずる通告を受けたからである。また,仕事が時間内に終わらなかったため,自宅で残務処理をするため持ち帰っており,私用目的のためではない。そして,深夜まで仕事をしていたためうたた寝するに至っており,悪質とはいえない。
 紛失後も,翌朝すぐにAに紛失について述べており,X1はAとともに求職者160人似たしそれぞれ連絡し,謝罪をしている。また160人からクレームが殺到したなどの事情もない。以上よりX1の紛失後の態様は真摯なもので適切であったといえる。
ウ X1の行為は重大な非違行為であるが,悪質性はなく,紛失後の態様などを踏まえれば,X1はけん責,減給にとどめるべきであり7日間の出 席停止は処分の相当性に欠ける。
エ また,Y社はX1に弁明の機会を与えておらず,適正手続きがなされたとはいえない。
オ 以上より,出席停止処分は社会通念上相当とはいえない。
(3)従って,本件出席停止処分は客観的に合理的な理由はあるものの,社会通念上相当とはいえず無効となる。(労契法15条)

第2 設問2について
1 Y社はX1に対し,一連の紛失によって48万円の損害が生じている。そこで,Y社はX1に対し,労働契約上の誠実労働義務違反という債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条),又は民法709条に基づく損害賠償請求,又は会社が損害を負担したとして715条3項に基づく求償請求をすると考えられる。
2 前記請求は認められるか。この点会社は労働者の労務によって利益を得ている以上,会社からの損害賠償,求償請求は,信義則上相当と認められる限度において請求が可能であると解する。 
 本件で,第1で述べた通り,X1が媒体を紛失したのは仕事をするためであり,紛失後の態様などを みるとX1の帰責性はそれほど高くない。もっとも,Y社が職業紹介事業を営む会社であることを踏まえるとやはり電車内でうたた寝をし,個人情報の取扱いを慎重にしなかったことは重大である。また,損害額は48万円という額であり,個人が支払うことが難しい過度に額の大きい損害ではない。
3 以上を踏まえると,48万円の求償は信義則上相当と認められる限度内であるといえ,請求は許される。

第3 設問3について
1 解雇権の根拠
 Y社と各労働者間で締結された労働契約書には解雇に関する定めはなかったというがY社は解雇権を有するか。使用者が解雇権の規定を契約,就業規則に記載しない限り,解雇できないとすると,会社がどのような状況になっても使用者は労働者が辞職しない限り解雇できないこととなり妥当性に欠く。従って,使用者は労契法16条より 当然に解雇権を有すると解する。
2 解雇の有効性
(1)解雇が客観的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は権利濫用として無効になる。(労契法16条)そして,本件解雇はY社の売上げが低下し6人の雇用が難しくなったという会社の一方的都合により解雇せざるをえなくなった整理解雇である。整理解雇は会社の一方的都合による解雇で労働者に帰責性はないため,厳格に解するべきであり,➀人員削減の必要性②人選の合理性③解雇回避努力義務➃手続きの妥当性の4要素にてらし判断する。
(2)Y社は売上げが低下し雇用が難しくなっており2名の解雇をする必要はあったといえる。(➀充足)
 ②について人選の基準が明確に決められた上,基準に従って人選がなされていたかで判断する。本件で,Aは「会社の経営方針を理解し,経営改革に柔軟に対応してくれる人材」に該当しない者を解雇するとの方針を立てているが,方針が抽象的であり,客観的判断可能な明確な選定基準があったとはいえない。
 そしてAは会社への協調性や柔軟性に欠けるとしてX2及びX3を選定しており,X1が上述の通り,機密情報の取扱いへの注意を欠き非違行為をしたことについては何ら考慮していない。協調性や柔軟性といった抽象的な評価はAの恣意が働きやすく,X1ではなくX2X3を選定したことの合理的といえず,人選の合理性を欠く。(②不充足)
 解雇回避努力をしたという事情はない。(③不充足)
 Aは,労働者6人の前で解雇の方針について説明をしている。しかし,解雇が労働者の地位を奪い影響が多いことを踏まえると,解雇の方針について書類で公示する手続きをとるべきだったっといえ,手続きの妥当性に欠ける。(➃不充足)
(3)以上より②~➃を満たさず,解雇権の濫用にあたるため,本件解雇は無効である。(労契法16条)
                                      以上

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