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ノーコントロール

私は夏生まれである。
何を突然と思われるかもしれない。
しかし、誕生日の7月20日は元々「海の日」だった程のサマーベイベー。
私は夏生まれである。

自分の生まれた季節感に意識が向きやすいのが世の常(完全な偏見)。
冬を感じさせる景色よりも夏の景色の方がより鮮明に浮かぶ。
ふと「今、夏!夏の中にいる!!」と思ったりもしやすい。
所謂「季節の香り」なんてのも夏ver.が一番気づきやすいし、麺類は通年冷たいやつの方が好き。
やはり生まれた季節が馴染むし、印象深い。

しかし、ここ数年夏は気づけば終わっている。

夏っぽい事をして、ちゃんと出かけたり写真を撮ったりもする。
けれど、それらはまるで透明だったかのように自分をすり抜けている。

ふと目が覚めると少し肌寒い夕暮れに一人、まるで夢でも見ていたかのようにポツンと立ちすくしている。

人は年齢を重ねると、夏がより一層短く感じるように出来ているのかもしれない。

長い長い夏休み、今なら車で1~2時間ほどでサラッと行けてしまう様なところも、自転車を漕いで1日がかりの大冒険。

友人たちが家族で里帰りしている期間、一人でゲームするのにも飽きてしまって昼寝。
目覚めた後の、永遠にこの夏が終わらないのではないかという、退屈を持て余した午後の日陰。

ただでさえ終わってしまえば一瞬だった夏休みも、余裕のある使い方をしていたのだなとしみじみと思う。

だが、貧乏暇なし、春夏秋冬、色とりどりの予定詰め込み馬鹿の自分にとって夏だけ忙しいなんて事は無い。
多かれ少なかれシーズンに大きく左右される業種でもない限り、皆も同様のはずである。

ではなぜ大人になると夏だけが急速的に加速するのか。(偏見)

一つに"夏は開放的になる"という、うんざりするほど使い古された常套句が当てはまるのでは無いかと思う。

多くの事に気付き、賢くなってしまった我々は、当時の様な冒険心を味わえる場面が少ない。
そのうえ、同調する事によって生活を円滑に回すべく、変に大はしゃぎしたりすることも少ない。

故に"夏は開放的になる"と半分冗談交じりに笑い飛ばしながらその実、自己暗示にかけて開放的になる免罪符を得ようとしているのかもしれない。

とにかく大はしゃぎしたり、色々やらかしたり、夏のせいにしたり、バタバタワチャワチャしている間に夏は通り過ぎ、「頭を冷やせ」と言わんばかりに秋が切なさを連れてくる。

温暖化が叫ばれる昨今にあっても、これからどんどんと夏は減っていく。
老いて出来る事も減っていくのかもしれない。
友人たちが家族で里帰りしていたあの時の様に、皆、家庭を持ちもう一緒に馬鹿出来なくなっていくのかもしれない。
恥ずかしくなるようなひと夏の恋も、ゾッとするような心霊体験談も、夜の海も、飛び込んだ川も、溶けたアイスも、花火も、告げなかった気持ちも、聞けなかった答えも、全部入道雲が呑み込んで連れ去っていってしまうのかもしれない。
最後には短いとすらも感じない、ただの季節がそこに横たわっているだけになってしまうのかもしれない。

けれど今年も時間をぬって、どこかに行こう。
もっと加速するぐらい、少しでも笑えるように。
自分の生まれた季節の空気を吸って。
書きやすくて、そればかりになるのもな...と思っているが今年も夏の歌が増えていきそうな気がする。

とりあえずお盆休みは倍ください。
というかちゃんと夏休みください。


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『未後悔再放走』

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