アーカイブ14-本人未到-
なんとか迷いの1年を越えて、反撃の1年へと転じた。
反撃と言えど何と戦っているのか...
恐らく今まで当たり前だった「順調な音楽活動」を取り戻す、いや「その実感」を取り返す日々だった。
その証拠に2014年は1年間の間に
会場限定Single『e-s』
伴ってMV
2ヶ月後には、
盟友palitextdestroy、そして惜しくも解散してしまったfifiとの
スプリット音源『SORROW』(fool a loopと0.02mmの2曲を収録)
伴ってMV
と立て続けに作品を発表、
更には年末、名古屋のZIP-FMに、この『0.02mm』をフックアップしてもらい、年明けのコンテストで観客賞を受賞しお小遣いをもらうというおまけ付き。
とにかく無我夢中だった。
数年かかって出来なかったMVや連続リリース等が何故出来たのか。
狙い通りメンバーが変わったからかもしれない、またはただのダウナーズハイだったのか、はたまた敗戦から立ち上がった先人よろしく「なにくそ根性」だったのかもしれない。
ただ一つ言えることは音楽との距離感が明確に変わったという事である。
過去に自身の理想に囚われて、完成を前に消えていった曲たちが沢山ある。
しかし、それをまずは「作り切る」という事に分岐してただ走った。
結成当初葛藤していた芸術かエンターテイメントか。
自身が選んだ、エンターテイメントは(正確に言えば芸術もだが、芸術以上に)鮮度が大事である。
世間どころか自分の気持ちですら日々変化していく。
それを閉じ込めて放出する。
花の美しさを表現しあぐねている内に花は枯れ、枯れた花を憂う気持ちをどう伝えようかと思案する内に花など無かった事になってしまっている。
我々は不変を求めるのと同様、それ以上に変わっていく様に笑い、涙しなくてはいけない。
夏に雪を降らせ、冬に桜吹雪を舞わす。時に欲しいものを差し出し時に頬をはり抱きしめる。
その為には作り続けなければならい。
2015年以降、所謂、memento森近代史に入ってくると既に周知の部分も多いと思うが、初めて"裏"の方ではなく正規の「MINAMI WHEEL」に出演したり、何より台湾に初めて行った事が大きかった。
Quとネムというバンドが繋げてくれた台湾のバンドBHD。
彼らと大層打ち上げで盛り上がり、「絶対台湾に行く!!」と宣言し現実のものとなった。
初めての海外、しかも野外フェス。
この経験は確実に自分達の歓声やプレイヤビリティを押し上げてくれた。(写真で押し上げられてダイブしているのはGenius P.J'sのクロダセイイチ氏)
この時の旅行記は以前のブログが詳しいので参照されたい。(どちらが次項になっているのか読みにくいが7話で構成されているので頑張って続きを見つけて頂ければ)
そんなライブラッシュの中いよいよ、翌年発売されることになる初のフルアルバム『Tohu-Bohu』に向けて動き出す。
しかし、我々の始まりにはいつも別れが付きまとう。
太陽と別れて夜になるように、月と別れて朝になるように。
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▼7/19(金) @神戸VARIT
memento森 pre.『NEVER 宴DING BEAT vol.9』
出演/
memento森
空きっ腹に酒
OPEN 19:00 / START 19:30
ADV ¥3000 / DOOR ¥3500 (+1D)
学割 ¥2000 (+1D)
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