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【短編】ツバキ

映画が流されている。映画が。それは子供さへも嫌悪感を抱く内容で、椿の花が乾いたアスファルトに落ちていくものだった。溜飲を下げることはできない。虫唾が走る。赤子の首を落とすかのように、理路整然と並べられたドミノが一気に倒れて行った。向かう先は、矛先は誰だろうか。

レイトショーを見終わると、外には人が疎らで、曇天からポツポツと小雨が降り落ちてきた。傘をバックから探すが、見つからない。職場のロッカーにいれっぱなしだった。溜息が冬の空気に冷やされ、白く濁っている。
鈍色の空と無人の冷え切った歩道橋。上から見下ろしても、何も見つからない。車のテールランプが悲しげに線を引いているだけだった。

「アズサの、そういうところだよ」
唯一の友達にも否定された気持ちになる。私の何がいけないというのか。
興味なさそうに、眠たそうに。そうやって人付き合いも避けてきて、基本的には一人。流れとともに出来た彼氏にも愛想つかされ、今では疎遠になっている。
「別れたの?」
「分かんない」
その瞬間はなかった。記憶にない。ただいつの間にか、流れとともに離れていった。今の関係性は言葉にすると、どんな文字列になるだろうか。
「喧嘩しなかったって、それってどうなのさ。無関心だよね」
一緒にいて、しんどいと感じたことはない。行った場所や食べたものも覚えている。話した内容も。話した内容。いや、基本的に私から話したことはなかった。話すことがなかった。私なんかの話はつまらないだろうから、聞いて、反応して。
愛していた。好きだった。一緒にいたかった。
のだろうか。分からない。けれど同じ時間を過ごしていたのは事実だ。でも事実しかない。それは記憶で、思い出とは全くの別物。

小雨が雪に変わりそうだ。駅までの道中、コンビニに立ち寄り、二十円引きのお弁当を買う。これをレンジで温めて、安いチューハイで流し込み、動画配信サイトで生放送を見ながら、眠りについて、また明日が来て、私は仕事に向かうのだ。何気ないルーティン。人生なんてこんなものだろう。

駅のホームには人が疎らに散っていて、みんな疲れた表情を浮かべている。木曜日の二十三時。黄色いラッピングの電車がホームに入ってくる。

「俺のこと、嫌いなのか」
「違うよ」
「だって一緒にいても、つまらなそうだから」
「そんなことないって」
「また否定するだけなんだね」
「え」
「好きとか楽しいとか、言えないんだね」
最後に交わした会話らしい会話だった。私は分からない。彼が何を考えているのか、何を思っているのか。誕生日にもらったネックレス。あの時も彼の表情は濁っていた。多分私がうまく喜べていなかったからだろう。ありがとうとは口から漏らしたけども。

電車内は静かで暖かかった。ムワッとした空気に自動アナウンスが響いている。

私は私の首を落とす。いつだって矛先を向けいるのは、私の首元。椿の花がポトンと落ちていく。

ポトンと。

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