見出し画像

捕鯨船の鉄砲さん

NHKスペシャルで捕鯨船の人々を写しだしていた。
一月半掛けての遠洋漁業である。
 来る日も来る日も波に揉まれ大洋の只中で過ごす。

船員の中でもこの漁の主役は砲手で、その人物像に魅入ってしまった。
仲間たちは特別に鉄砲さんと敬意と親しみを込めて呼ぶ。
その鉄砲さんは、どこか俳優の高倉健に似て、
強さと優しさと哀しさを等分に持っている。
砲手に憧れる若い後輩に掛ける言葉からクジラの命への畏敬が見える。
「いいか、クジラが苦しまないように
急所を一発で仕留めなくちゃならんぞ」と激する。
 
クジラ発見の報せ、さあその時、船は大きく揺れる。
甲板には沢山の仲間たちが、若い砲手の一挙手一投足を見つめる。
何海里も越えてやって来たすべてがこの砲手の引き金に掛かっている。
逆転満塁さよならホームランに挑むバッターのような気丈さが要る。
 
ダーンという銛の発射、外すと船員たちの「ああっ」という声にならない
深いため息が出る。
次の発射でクジラに当るが急所が外れて、苦しまぎれに暴れている。
鉄砲さんはすかさず、ライフル銃を取り出し、クジラの脇腹の急所に
打ち込んだ。
一刻も早く楽にしてやりたいという思いが銃を構える肩に表われていた。
命を頂く仕事だからという真剣味が見て取れる。
 
単調な船上の生活に区切りをつける意味で1日と15日には
クジラ料理が出る。
鉄砲さんは刺身を口に運び噛み締めて、
薄く微笑み「うまい」とだけ呟いた。
航海を終えて陸に上がり、鯨塚に慰霊の手を合わせる鉄砲さんの
後ろ姿は祈りというより詫びているように見えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?