①研究室の同期と夜のお散歩

大学生の頃所属していた研究室は拘束時間の縛りが皆無で、個人で実験する方式だったので、各自好きな時間に来て好きなだけ実験して好きな時間に帰っていた。


私は実験がわりと好きだったのと、器用でないため実験操作が遅かったのもあり、わりと毎日夜まで残って実験していた。


同じように毎日残っている同期(こちらは操作が早くなんでもてきぱき進めるタイプだったので、単純に実験が好きだったんだと思う)がおり、ふたりで遅くまで残っていて一緒に帰ることが多かった。ここではK氏と呼ぶ。


私は自宅から大学まで通っていたが、K氏は大学のほぼ隣のアパートに下宿していた。大学から駅まで歩いて15分ほどであり、K氏は運動になるから、と毎回駅まで一緒に歩いてくれた。電車は夜遅いと30分に一本程度で、待ちぼうけるのも暇やろ、とちょっと遠回りしたりしてちょうどいい時間までつきあってくれた。

歩きながら、今日あったこと、休日のできごと、講義が難しいこと、部活のこと、バイトのこと、研究室のこと、厄介な先輩の話、恋に悩む同期の話、なんでもかんでもとにかく話した。お互いおしゃべり好きで、スキあらばボケたりつっこんだりして話がどんどん最初から逸れてなぜそんなところに?というような話題になることは日常だった。駅に着いても話が終わらないから、もう一本遅いやつに乗ろうかな、って駅の周りを何周かしたりも度々あった。

時々の寄り道では、駅の反対側にある大きい駐車場で電車を間近で眺めたり、不気味なトンネルに立ち入って、暗さと謎の物音にビビって全力で走って逃げたり、はたまた二駅ぐらい歩いて紅葉を見に行ったりした。

長いようで短いような研究室生活もぶじ終わり、私もK氏もそれぞれの進路をとり社会人になった。いまでも2年に1度ぐらい飲みに行く程度の友情が続いている。ありがたいことである。

今思い返せばとっても大切な時間だった。

あの頃からずっと、我々は研究室が一緒なだけで全然違う世界を生きていた。
お互いの部活、好きなこと、興味関心のある分野が全然被ってなくたって友達ができるんだって教えてもらった。お互いの気持ちや向いてる方向が違うから、知らない世界を考え方、生き様を知ることができて、世界が少しずつ広くなった。相手のスキに興味を持つことでわたしのスキも増えていった。


大学までの退屈な道のりが、行ったことのある曲がり角、思い出の小路、なにかしらの記憶とともに蘇るゆかりの土地となっていった。
あの頃の道が変わってしまっても、今はもう一緒に歩くことはなくなっても、大切な土地だいじにしたい記憶、できることなら細々と続けていきたいかけがえのない友情なんだと思う。たまに思い出して、いつかまたお散歩できたらいいね。



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