Wi-Fi


こちらの記事でも紹介した、昨年まで存在した松竹芸能の持ち劇場である新宿角座。今回はそれに関連した話をしようと思う。






「新宿角座にはWi-Fiがあるんやで!」



2015年。夏に差し掛かる頃。夜勤バイトから帰宅。殺人的な日光がカーテンの隙間から差し込む中で寝つこうと目を閉じた刹那。突然、2年前に聞いた、この言葉が僕の頭の中に蘇ってきた。


それは僕が松竹の養成所に通っていた頃。2013年。芸人報道だったか?その辺も曖昧なのだがテレビで松竹芸能の特集が放送されていた。その番組に出演していたTKO木本さんが発した言葉だった気がする。どういう流れでの発言だったのかも覚えていない。


当時松竹芸能に入って2年が経っていた僕だったが、劇場の中にあるマネージャーが仕事をしている事務所的な場所にもWi-Fiルーターらしきものは見当たらなかったし、Wi-Fiが開通している建物には必ず貼ってあるパスワードなどが載ってるあのシールも見たことはなかった。(あれの正式な名称がわからない。)先輩たちからも自分のスマホに劇場のWi-Fiを繋げている気配は見受けられなかった。


本当にWi-Fiは飛んでいるのだろうか?布団の中で色々考えたが、どの番組かも曖昧だったし、自分の中で作り上げた架空の記憶だと自分の中で片付けた。

しかし、架空にしてはそのシーンの映像がクッキリと鮮明にイメージ出来ているし、どんな具合でテロップが出ていたかまで覚えているな。まあ、どうでもいいか。そんな事よりも今日はライブ終わりに夜勤だからたくさん寝ておかないと


決してスッキリとはしないまま、僕は闇雲に睡魔に身を任せた。




「俺らが養成所の時の番組でさ。木本さんが角座にWi-Fi通ってるって言ってたけど、あれ本当なんかな?」


それから1ヶ月ほど経ったころ、当時の相方がこう言ってきた。


その日も夜勤明け。眠気でしょぼしょぼしていた僕の目は一気に全開になった。僕が作り上げた記憶ではなかった。やはり当時そのような番組は存在して、木本さんも確かに角座にWi-Fiはあると発言していたのだ。


「やっぱりそうだよね!でもWi-Fiがある感じしないよね!」てな具合に角座のWi-Fiの謎を2人で語り合った。どんな自信作のネタを作る時よりも盛り上がった。

僕らは当時はまだ事務所にとっては何者でもない有象無象の2年目で、マネージャーさんと話すことさえ緊張していた。角座にWi-Fiがあるのか、などマネージャーさんに聞く勇気はなかった。妄想を膨らませるだけ膨らました。


妄想を膨らませた結果、木本さんのような天上人だけがパスワードを知っていて使えるWi-Fiが角座には飛んでいる。という結論に辿り着いた。


「きっと角座のどこかにWi-Fiはあるんだよ!もっと偉くなってWi-Fiを使わせてもらえるようになろうぜ!!」

キラキラした目で相方はそう言った。



















そこから間もなく、彼は飛んだ。




PON!で初めてテレビでネタが出来て、これからという時だった。突然の家庭の事情で仕方のないことだった。連絡はなんとか取れて、ダラダラと何もできないまま半年ほど経ちコンビは解散した。いつかWi-Fiを使うという夢は宙ぶらりんのまま。




そして一年半ほど経ち、今のコンビを組んでいた僕は幸運にもフジテレビの若手発掘番組のオーディションに受かっていた。前のコンビよりは事務所からも存在を認識してもらえるぐらいにはなった。


そして「はまぐちコントサークル」というよゐこ濱口さんが主催する合同コントライブにも出演することが出来るようにもなってきた。コントサークルには深夜稽古というものがあり、深夜に集まって角座の舞台を使って20本ほどあるコントの稽古をする。勿論20本もあれば全てのコントに出演するわけではなく、自分が出ないコントの稽古をしている時は休憩時間となるのでみんなお喋りしたりスマホを弄ったりしていた。


結構空き時間がある人もいて、そういう人はスマホで動画などを見て時間を潰したりしていた。そんな時、ムートン伊藤さんという芸歴20年ほどの先輩芸人がいるのだが、伊藤さんの持ってくるポケットWi-Fiにみんなが接続していた。


「お前らみんな繋ぎすぎて、制限かかっちまったよ!!」


伊藤さんが文句を言って、みんなケラケラと笑っていた。



そんな様子を見て思った。伊藤さんほどの芸歴の人が角座にあるWi-Fiの存在を教えられていない筈がない。その場にはテレビに出ているような先輩もいたが、みんなが伊藤さんのポケットWi-Fiに接続していた。

もしかしたら、角座にWi-Fiがあるというのは伊藤さんのポケットWi-Fiの事を言っていたのかもしれない。それを木本さんが誇張してテレビで喋ったんだ。なんだい。真実はあまりに呆気ないものだった。


角座にWi-Fiなんてなかったんだ。





そして、芸歴4年目に入ったある日。

入社1、2年目ぐらいの若手女性マネージャーと角座内の通路で仕事の話をしていた。先述のペーペーの頃はマネージャーと喋るのも緊張していた僕だったが、フランクにお喋りは出来るぐらいにはなっていた。そのマネージャーをYマネージャーとする。Yマネージャーから仕事関係の動画をスマホに送ってもらって、家のWi-Fiで見てみますね。みたいな会話をしていた時だった。



「あれ、角座のWi-Fiのパスワードって知らないですか?」







「え?」

僕は思わず聞き返した。


すると近くにいた先輩マネージャーが

「あ、それはちょっと」

Yマネージャーの口を押さえ込むぐらいの勢いで、会話を遮ってきた。ポカンとする僕。パスワードの話は流され、僕は家のWi-Fiで動画を見ることになった。













1ヶ月後、Yマネージャーは飛んだ。



理由は正直わからない。個人的事情かもしれない。だが、僕と角座のWi-Fiの話をした人が次々といなくなっていった。



「新宿角座にはWi-Fiがあるんやで!」


「新宿角座にはWi-Fiがあるんやで!」

「新宿角座にはWi-Fiがあるんやで!」




暗闇の向こうから木本さんの声がこだましていた。





そして昨年。新宿角座は、Wi-Fiの謎と共に消滅した。



当時と比べて、今のライブ会場の殆どは楽屋にWi-Fiが通っている。僕はライブ会場でWi-Fiを繋いだり、木本さんの顔を見るたびに、角座のWi-Fiを繋いでみたかったな。と想いにふけるのである。



話を盛り上がる為の過剰演出な部分や、被害妄想な部分はあると思います。クリーンな会社です。ちんちくりんな話だなとお聞き流しください。

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