劇場

松竹芸能という事務所に所属してまして、昨年まで「新宿角座」という事務所の持ち小屋があったんです。

新宿角座は新宿駅徒歩5分のどでかいビルの5階という弊社としては分不相応な場所に存在していまして、客席はMAX119席。最終的には経営的な面で撤退してしまったのですが、なんだかんだ松竹芸能生え抜き8年目の自分としては思い入れのある場所でしてワンピースのゴーイングメリー号とお別れするシーンとは重ねてしまいました。今日はそんな僕が入ったばかりの松竹芸能について書きます。

2013年に大学を出たばかりの僕は松竹芸能の養成所に入った。あまり松竹芸能っぽくはない風貌や雰囲気から外部からのスカウト組だと思われがちなブリキカラスですがペーペーの頃からの生え抜きなんです。所謂ズブズブです。

その当時の松竹の事務所ライブはというと、新宿角座で毎日のようにライブが開催されていて、人気ライブになると取り置きをしてくれた友達も当日チケット販売開始時間前から並んでもらわないとチケットが買えないほどだった。常に大盛況。

9年後に2人しかお客さんがいなくてヒーヒー言っている未来なんて、その時は考えもしなかったよね。


お笑い事務所というと若手が凌ぎを削るピラミッドライブというものが必ず存在する。松竹でも「関東ゲラゲラシリーズ」というピラミッドライブが毎月開催されていた。
「関東ゲラゲラBRONZE」
「関東ゲラゲラSILVER」
「関東ゲラゲラGOLD」
の三段階で構成されていて、GOLDが一番上。どのライブもお客さんはパンパンに入っていて、GOLDの盛り上がりは特に凄まじくて、満席119人の角座の笑い声はまさに轟音。ペーぺーでライブお手伝いをしていた自分を鼓膜から魅了していった。GOLDでいつか優勝してみたい。あそこにいるヒーローたちに勝ちたい。そこから見える景色は富士の頂上ばりに壮観なんだろうな。と妄想を膨らませるのが楽しかった。


その頃はピラミッドライブの結果が人生の全てだった。同期がBRONZEからSILVERに上がったことを知るだけで悔しくて眠れなかったり、ピラミッドライブのある毎週月曜日はTwitterにあがるピラミッドライブの結果を見て相方や同期たちと狂喜乱舞していた。ピラミッドの順位によってマウントを取り合ったりもしていた。


芸人として売れる事に直結するわけではない事務所ライブにそこまで執着するのは異常だが、こういった異常というのは盛り上がっているコンテンツの中でしか生まれない。それだけ、当時の若者たちを魅了する何かがそこにはあった。


「出世魚」というユニットライブもあった。芸歴1〜5年目で構成されたユニットライブ。毎回満席。テレビで活躍中のヒコロヒーさんもかつてはユニットメンバーだった。
3ヶ月に1回のネタ見せによってメンバーの入れ替えがある。僕たち若手はそのネタ見せに受かる事を目標にネタを磨く。これがまた、僕たちペーペーを魅了するコンテンツで、ライブのオープニングVが兎に角イカしていたのだ。


レキシの「姫君SHAKE」に合わせてユニットメンバーが次々登場するという映像なのだがそれがあまりに眩しく見えて、若手たちは全員が全員、このオープニングVに出たくて堪らなかった。今でも「姫君SHAKE」はふと聴くとこの頃の事を思い出してテンションが上がる。大袈裟ではなく、初めて出世魚に選ばれた時の喜びはすべらない話に選ばれた時の喜びと遜色ないものだった気がする。


キンタロー。さんを輩出したばかりの勢いもあり、あの頃の角座は活気に満ちていた。


そんな、角座に恋焦がれてきた僕だったが、途中で黒田さんとコンビを組んで、自分達も多少の力がついてきて、事務所ライブにたくさん出れるようになった頃には、もう角座はかつての角座では無くなっていた。客席は半分埋まればいい方。毎日開催されていた事務所ライブも週に1回ほどになっていた。


そしてある日、僕は夢見ていたピラミッドライブで優勝していた。かつての雲の上の世界。始めたての時にずっと夢見ていた景色…



そこには何もなかった。



これが夢見ていた景色?あの時のヒーローたちは?ああ、全員解散してしまったのか。笑い声にしても、パラパラとしか人のいない客席からはあの時程の轟音は鼓膜に入っては来なかった。


あんなに盛り上がっていた出世魚も最後は客席は半分も埋まらずに終了した。





そして、角座は段々と閉館に向かっていった。



盛者必衰。浅草キッドを見た時に、消えゆくフランス座に何か共感する部分があったのは新宿角座の衰退を見てきているからかもしれない。上の焼肉屋の匂いは劇場に漏れてくるし、楽屋は冷暖房が存在しないしで、よく考えたらダメなところも沢山あったが、始めたばかりの自分に夢を見せ、ときめかせてくれた桃源郷だった。


この文章を読んで今の事務所ライブが盛り上がっていないみたいな感じを受けられると小林メロディがマネージャーから大目玉を食らうので
今の事務所ライブも勿論楽しいし、盛り上がっている事はここで加筆しておきたい。
過去は美化してしまうものなので。


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