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閖上ポタ 2016.5 (A day in the life 1)

(クラウドの写真アルバムから「◯◯年の今ごろここにおったで」と出された旅の日々の断章を綴るシリーズをはじめました。タイトルはサージェントペパーズ。)

震災前、2007年ぐらいまで仙台の中心部に住んでいた。
しかしあの街は道路がえげつなくて、自宅からクルマを気にせず走れるルートといえば、名取川沿いに閖上、さらに貞山堀サイクリングロードというルコースぐらいだった。とくに冬は東北で走れる唯一のエリアだったのでたびたび愛用した。

震災でもっとも大きな被害を受けた町のひとつとして有名になってしまった閖上。馴染んだ町が消えてしまった跡を見るのは心苦しいと思いつづけていたが、5年を経て再訪してみた。

まずは名取市震災メモリアル公園の慰霊碑へ。

名取市の犠牲者960人の芳名を刻む

釣り人やサイクリストにお馴染みだった、名取サイクルスポーツセンターに渡る橋。そのままで残っていた。

当時、路上を這い回るカニに注意しながら走った、広浦沿いのサイクリングロード跡。砂に覆われたまま。

貞山堀CR沿いに茂っていたヨシ原の跡。

震災前、貞山堀沿いに乗馬クラブがあった。あそこのお馬さんたちはどうしただろうかと心を痛めたものだが、無事だったと後に知った。

閖上中学校跡

震災前、閖上に走りにいくと好んで立ち寄ったのが街中華「浜一番」。
ここの「デラックス醤油ラーメン」が好きで、ポカポカ温まるのでとりわけ冬などは好んで食したものだ。
店は津波で流されてしまったが、数年後に仙台市内で営業再開。さらに2019年には閖上に再度(ほぼ元の場所で)開店という感動ストーリーだった。
いつか行ってまた食べたいと思っているうちにしかし、2023年、店主が他界して暖簾を畳んでしまった。かえすがえす無念である。
食べたいラーメンは食べられるうちに食べておかねばならない。


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