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光を放つ

私はこの世界に生まれてからというもの、両親からの愛情を十分に受けて育ち、友人や周囲の人々に恵まれていた。時には悩み、苦しむこともあったけれど、それはあくまでほどほどの辛さであって、健やかな人生において乗り越えるべき課題であった。いつも目の前にあることに真剣に、あるいは夢中になって取り組んだ。泣いたりした日もあったけれど、多くの日が楽しく笑顔に溢れる毎日だった。
それはとても幸運で、とても幸福なことだった。

25歳の夏だった。
突然のことで何も分からない。けれど、自分の身に何かとても大変なことが降りかかってしまったみたいだった。
それは突然のことで本当に、何も分からなかった。

今まで当たり前にあった日々が崩壊するのはあっという間だった。大切にしていた生活がどんどんとままならなくっていった。食欲は全く湧かず、食べ物が喉を通らなくなった。強い緊張と不安で夜は眠れなくなった。やりがいのあった仕事にも手がつかず、職場では業務をこなしているふりをしてやり過ごした。好きだった自分の部屋でひとり、何一つ安心できない気持ちで孤独な夜を何度も過ごした。

身体的にも精神的にもぼろぼろになり、いつも死ぬことを考えていた。生きていることの方がよほど地獄だった。愛した人は離れていき、大切な職を自ら辞めた。自分の価値が全て否定されたようだった。自分で自分のことを、もう一生肯定などできないのだろう…

いろいろな種類の、たくさんの絶望があった。



それから長い時間が経った。

ひとつ大切に持っている詩集があり、その詩集のあとがきの言葉に何度も救われていた。

「僕たちの生は、忘れることが出来ない記憶を抱えながら、忘れたくない記憶を集めていく道のりです。その宝石のような記憶こそが、豊かさだと僕は思います。」

そして、その後にはこう記されていた。

「もし、じぶんに、生きる価値があるかどうか、悩んでるひとがいたら、『忘れたくない記憶はありますか?』と僕は尋ねるでしょう。」

「ないのなら、これからつくりましょう。もしかしたら、僕はそれを手伝うことができるかもしれない。」

詩集から、優しく確かな言葉をかけてくれたその人に「肖像写真を撮ってもらえませんか?」とメッセージを送ったのは、ちょうどあの日から一年、苦しい夏の夜のことだった。

あれから存分に傷つき世界に絶望もしたけれど、それでも生きることを諦めたくなかった。今も私が生きていること、生きているだけで命は輝いているということを確かめたかった。そして、信頼のおける人と約束を交わすことで、まだその日まで生き続けられるかもしれないと思った。

そんな依頼を快く引き受けてくださり、私はその撮影の日を目印にして、また生きることを続けた。

季節は巡り、秋になった。
毎年、秋が来るのはとても嬉しかった。肌寒く少し切ない感じや、物悲しい感じが小さい頃から好きだった。木々が色づき枯れ葉が落ち、外の世界が最も美しく思える季節だった。

撮影のその日は清々しい晴れだった。新宿御苑で待ち合わせをし、平和な公園をゆっくりと歩き、ぽつりぽつりと言葉を交わし、撮影をした。

あの日の秋の素晴らしい光、とても良い木々たち、幸福そうに過ごす人々、そして私にカメラを向けてくれた人の眼差しを、その記憶を、一生忘れないでいようと思う。

はたして私にもまだ光はあったのか?
これからも生き続けていられるのだろうか?

その疑問は送られてきた写真を見た瞬間、するすると解けていくのがわかった。


撮影:トナカイ(@tonakaii)さん
引用:すべてのあなたの記憶 (第二刷)より


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