野分の砌



緩やかに懐に入り込むような、不意に秋の訪れを感じさせる夜風は頬をなぞり繭に包まれる感覚を覚える。


「季節が移ろう匂いだ」と、叙情性を感じながら携帯を眺めているとどうも台風が近づいているらしい。

距離でいうと今は鱗くらいの位置にある風なのだろうか。なんてことを考えると少し愛着が湧いた。






今日は何故だかやたら五感が過敏になっている気がする。




思えば夏の終わりはいつもこんなことを考えていたかもしれない。
特にはっきりとした理由はないが輪郭の無い思案に暮れ、無性に未練がましさと僅かな憂慮に襲われている。

何かに囚われ続けている。




そういえば、昨日はずっと大切にしていたネックレスを落としてしまった。気付かない間に首からその紐が解けていたのだ。
自分にとって憧れの人の手作りであったこともあり、強烈な焦燥感に拍車をかける。


帰路、道中ずっと下を向いて帰っていた。


自分自身では絶対に見逃すまいと強い意志を持って足元に注意を向けていたわけだが、周りから見ればただの落ち込んでいる人だったであろう、まぁ確かに落ち込んでたのだが。


駅前の喧騒を毛嫌いするように両耳を塞ぐイヤホンから流れている最近よく聴いている曲、ひいては昔から聴き馴染んでいる曲まで、この日は一音一音がやけに刺さる。音楽の奥行きを強く感じる。



いつもの帰路も違った景色を見せる。




煙草の吸殻



会社役員さんの名刺



泥だらけのハンカチ



潰れた蟷螂





道に置き去りにされたそれらを目でいなしながら、一心不乱に帰路を進んでいく。
時が止まったものと時を進めているものは常にすれ違っている。

自らの落とし物を必死で探しながら、ただただ進み続ける時へと逆行していく。



結局、落とし物は見つからなかった。




季節の変わり目は風が強く吹く。


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