キャンバスの上で踊る


低気圧を呼ぶ冷えた風が心地いい6月。


額に滲む汗もそのままに、ただ一点を見つめているあなたは瞬きすら置き去りにしている。


その指先が彩る風景はどこか懐かしさを放つ。


コーヒーの香りが色彩の感覚を強めているように、あなたの言葉も僕の心に新しい気づきを与えている。



そういえばあのとき教えてもらった小説家の名前はなんだったであろうか。




「誰も死ぬことのない悲劇が好き」


どこか遠くに思いを馳せているようなその言葉には、どんな過去が隠れてるんだろう。でも僕は、その怖いくらいに落ち着きすぎている声が好きだ。


明日は雨が降るだろうから今日のうちに買い物を済ませたいと言い残し、彼女は筆を置いた。


湿った空気はコーヒーの香りを薄めてゆく。



そうだな、僕もきっと何か理由を探しているのだろう。湊かなえの作品を目でなぞりながらそんなことを考えていた。


もうすぐ夏がくるな。



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