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分蜂

 牧場の母屋の床下にニホンミツバチが巣を作っている。僕もはじめて知ったけれどニホンミツバチはこの時期になると分蜂を始めるらしい。分蜂というのは蜂の数が増えて巣が狭くなる為、親元を離れ新しい巣作りを始めることをいうそうだ。
 けれど前々から決まっていた母屋の畳を板間に張り替える工事の始まる時期と被ってしまい、結果、巣を丸ごと移設することに。デリケートな時期だけれど、蜂の専門家も呼んで話し合い、たまたま蔵にあった何かの樽(醤油樽?酒樽?穀物樽?)に移設することになった。
 床下に潜り、蜂の巣がぶら下がった床板ごと切り取って大人3人係でそのまま蜜蝋をたっぷりと塗った樽の上に乗せて、蜜蜂が通る道だけ開いて隙間を塞いだ。

 けれども始終、蜂達は羽で警戒音を鳴らして、怒っていた。大きな集合体となって威嚇していた。僕はいおちゃんが作業をみたがったり、そのくせ工事の音を怖がるので、音から遠いところで抱っこしていたので、少ししか見れなかったけれど自分達の大切なものを守ろうと必死な音がそこまで届いていた。ニホンミツバチは刺すと絶命してしまうから、滅多なことでは刺さないけれどこの時ばかりは1人刺されてしまった。
 そして蜜蜂達を樽に入れて2日目、女王蜂が床下に逃げ込んでいたのか、床下でまた巣作りが始まってしまった。樽の中にも花粉をつけた蜂が出入りしているから、これも分蜂なのか?スズメバチも巣の周りで羽音をたてながら狙っていて、まだしばらく安心は出来ない。いきなり人間の都合でコントロールしようとしても中々上手くはいかない。けれど、この移設がうまくいけば蜂達も比較的安全な環境で暮らすことができるし、その暮らしを守る代わりに蜂蜜を頂く。そういった多くのWIN-WINな関係が増えれば良いなと、思っている。

 
 ちょうどというか蜂と同じように自分もまた、牧場を離れて近くの空き家に住むことにした。
 所々改築されているけれど築100年は経っている古民家だ。床がべこべこしている場所が何箇所かある。とりあえず自分で少しづつ直していく。大変だしお金にはならないけれど、挑戦することで経験は蓄積されていく。それは失うことのない財産になる。なるべくそういうものを増やしていきたい。そういう価値を増やしていきたい。そうすれば、自分もまたいつかWIN-WINな関係を多く作れるようになるかも知れない。

 人間関係も、積み上げてきたものも全て無下にしてしまいながら大分に越してきて、知り合いもいない土地で本当に一からスタートを切る。しかも、何を生業として生きていくかもまだ決まっていない。不安が無いと言えば嘘になるけれど、でもそれ以上にわくわくしている。昔は、妄想に似たそこに存在していないネガティヴな可能性で身動きが取れなかったけれど、今は全てを受け入れる覚悟が出来ている。そうしなくては生きていけなかったのだけれど、そのおかげで今は楽しいこともしっかりと想像していける。それを少しづつ現実に変えていく。短い間だったけれど、牧場という巣を離れて、自分で巣を作り始める。

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